ミミル視点 第19話
しょーへいが書いている文字らしきものはとても複雑だ。
画数が多く角張った文字を書いていたり、直線的で画数の少ない文字、丸みを帯びた画数の少ない文字……大きく三種類あるようだ。
エルムヘイムの文字は母音と子音を組み合わせる表音文字。ただし、カノやウルのように一つの文字にも意味をもたせている。
しょーへいの後ろに立って書いているものを見ていたら、紙の束を閉じられてしまった。
『わたし、ふろ』
「わかった、行ってきていいぞ」
しょーへいは私の目を見ると、優しく微笑んだ。
この男、こういう顔もできるんだな……。
見とれていたわけではないぞ?
ダ、ダンジョンに入る前とはあまりにも違いすぎる反応を見て、す……少しだけ驚いただけだ。
しょーへいの体格は――まぁ、ダンジョンに入っていれば次第に最適化されていくからな問題ないのだが、どちらかというとパッとしない、特徴のない顔をした男だ。別に男は顔だなんて思ってはいないが、美形揃いのエルムヘイム人を思い出すと見劣りするからな。
なんてことを考えているうちに、しょーへいは部屋を出ていってしまった。
いけないことだとは思うが、テーブルの上にある紙の束を見せてもらうことにしよう。
なるほど……
全くわからん
エルムヘイムの異種族が使うどの文字にも似ていない。
この一つひとつを覚えなければ、この世界では暮らしていけないということか。それに、この異世界に他の国家がある可能性もある。エルムヘイムでも国が違えば言葉が違うのだ。異なる国家で使われている言葉もあるのだろう。
それにしても、ここで暮らすことになるのか……。
部屋の中を見渡してみると、殺風景な部屋だ。
寝台はひとつしかない。とても大きめの寝台だが、寝るにはここにある椅子でも問題ないだろう。
身体を冷やさないよう、なめした魔物の毛皮でも掛けて眠れば問題なさそうだ。
さて、もう連絡手段が残っていないとはいえ、妹――フレイヤのことが気になる。
私たちは双子。
顔も髪色も一緒なのに、目の色だけが違った。
私は赤い目、フレイヤは青い目。
私は「姉だから」という理由で両親に厳格に育てられたのだが、フレイヤは正に自由奔放。
かくれんぼをしているときに屋根に登って下りられなくなって大泣きしたり、まだ幼いのに「近くの森で蛇退治だ!」と言って近所の子どもを集めて森に入って怒られたり……そんなフレイヤが羨ましいと思ったときもあった。
初めてのダンジョンで、私は「知」の加護を、フレイヤは「勇」の加護を得た。
「知」と「勇」の加護は数百万人に一人という珍しい加護。希少な加護を得た私たちは、国王の招聘により王都に移り住んだ。
それからはいつも、何をするにも一緒。
そういえば、定期的に王宮に呼び出されるようになって教育係がついたせいか、フレイヤの素行は少しずつ良くなったけど、口調はどんどん崩れていった……。
どこか、こう……貴族令嬢のような口調なんだけど、話している内容はどんどんシスコンを拗らせているような感じに……。
そのせいか、余計に私に依存しているように感じてしまうのかな。
フレイヤ……私がいなくなっても、ちゃんとしてるかな。
癇癪起こしてたりしないかな。
ずっと泣いていたりしないだろうか……。
◇◆◇
気がついたら部屋の隅っこで独り座っていた。
『どうした?』
「なにもない、気にするな……」
戻ってきたしょーへいに声を掛けられ、少しずつ思考を普段どおりに戻していく。
『ミミル、ここ、いきる、ことば、おぼえる。ちがう?』
「そうだな、この世界の言語を覚えないといろいろと不都合が多い。ここで生きていくには必要なことだ」
も、もしかして言葉を教えてくれるのか?
さっき書いていた文字も?
私の心は期待に満ち溢れ、「知」の加護がそれに共鳴して喜びが湧き出してくる。
四つん這いになってしょーへいのいるところまで移動し、彼の顔を見上げる。
なんだろう、とても慈愛に満ちた視線を感じる。
『おぼえる、〝なに〟』
『な……なに、なに、なに』
た、正しく発音できているだろうか?
恐る恐るしょーへいを見上げると、彼はさっきと変わらぬ慈愛に満ちた眼差しで尋ねる。
『いみ、わかる?』
「ああ、もちろんわかる。モノの名前など、わからないときに使う言葉だ」
『ん、それ、おぼえる。なまえ、きける」
「そうだな、最初に覚えるには最適な言葉だ。これで言葉を覚えられる!」
よし、早速ためしてみるぞ。
立ち上がって、最初に部屋の電灯を指さす。
『なに?』
『でんとうだ。でんとう』
次は、紙の束を指さす。
『なに?』
『ノート』
『ノート、ノート……なに?』
『ペン』
楽しい!
楽しいぞっ!
こんなに楽しいのは久しぶりだ。こうなったら、片っ端から尋ねて覚えてやる!






