第270話(裏田視点)
地下室みたいなところは全部石造り。階段を下りたところの正面にはぼんやりと光る丸い石が載った台がある。
「裏田君はダンジョン内で殺生禁止な。殺生すると大変なことになる」
「え、大変なことって何ですのん」
「ミミルや俺のように長命になる。そうだな……ミミルの話だと1000年くらい生きるらしい」
「うわ、そらあきまへんわ……」
僕は人並みに長生きできたらええと思ってる。
嫁さんや子どもが自分よりも先に死んでいくのを見送るとか、絶対に無理やから。
「だから、絶対に手を出さないこと。最初のところは先にミミルが片付けてくれてるはずだ」
「よおわかりました」
絶対に手は出したらあかん。ミミルちゃんが先に入ったはるさかい、大丈夫なはずや。
「じゃあ、この石に手を触れてくれ」
知らずゴクリと唾液を飲み込む音がする。
僕もここを触るとさっきのミミルちゃんみたいにここから消えるんやろうなあ。ちょっと怖い気もする。
「早く。ミミルに叱られるぞ。あ、目は瞑っておくといい」
「は、はい……」
恐る恐る手を伸ばし、光る丸い石に手を触る。
瞼を閉じてるけど、目の前がパッと明るくなるのがわかる。そして、ふわりと空に浮かんだみたいな感覚に襲われ、直ぐに足元に地面の感触が戻ってきた。
目を開けると、さいぜんまでおった場所に似た、石造りの部屋。
正面に憮然とした表情でミミルちゃんが立ってはる。何ていうか……仁王立ちみたいな感じ。
不意にオーナーが俺の隣に現れた。
後からこっちにきはったってことやろな。
「おそい」
ミミルちゃんが怒ったはる。なんか、子どもみたいな顔つきやけど、堂に入った感じがする怒り方や。
「すまん、注意事項を伝え忘れていたからさ」
「……ん。しかたない」
なんか、オーナはミミルちゃんの尻の下に敷かれたはるように見えるけど……言わぬが華やろうな。
「ここはどこですのん?」
「ダンジョンの第1層――その入口となる部屋だね。その階段を上がれば実際に魔物がいる」
「魔物?」
「俺もよくわかっていないんだが、魔素というもので出来た生物といえばいいかな。倒すと魔石というエネルギーの塊みたいなものと肉や皮、角や牙なんかを落とすんだ。論より証拠……階段を上がってみよう」
既にミミルちゃんは先に階段を上ったはる。それを追うようにオーナーが階段を上り、僕も後ろをついていく。
十数段しかない階段やけど、緊張のせいか長く感じるなあ。
残り数段ちゅうところで頭が外にでた。
石段を1歩上がる毎に視線の高さが上がり、見える範囲が広うなってくると、つい立ち止まって周囲を見回してまう。
空は真っ青。白おて丸い雲は数えるほどしか浮いてへん。他は見渡す限りの草原。
北海道でもこないな景色はあらへんのちゃうやろか。
「ふわあ……」
あまりに綺麗で美しいさかい、感嘆の声が漏れてしまう。
「店の裏にあった穴からここへ来たんだ。ダンジョンだって言ったこと、信じてくれたかな?」
「ええ、信じます。ミミルさんのことも」
オーナーが意地悪な質問を投げかけてきはった。
どう見ても僕が信じてることくらい気ぃついてるやろうに……。いけずな人や。
それにしても、論より証拠、百聞は一見にしかずとはよう言うたと思う。
「さんづけ、えらい」
「別に呼び捨てでいいんじゃないのか?」
「年長者に『さん』つける。たいせつ」
ミミルちゃんは何やら自分で言うたことに納得しはったんやろか。独りで頷いたはる。
オーナーはミミルちゃんのその姿を見て呆れたような顔をしたはるけど、視線はえらい優しいなあ。
ガサガサと音がしたさかい、慌てて音がした方へと目を向けた。
大きいウサギがおる。眉間に長い角が生えてて、目が黄色いのが特徴やろか。
「ツノ、生えたはりますやん」
「まものはきょうぼう」
ミミルちゃんがボソリと呟き、何かを投げるように右手を振らはると、そのツノが生えたウサギのような生き物の首を見事に切り飛ばしてしもた。
ナイフでも投げた……いや、ナイフでは首は飛ばへんやろなあ。
「いま、何しはったんです?」
「魔法だよ。ミミルは賢者という職業で、元いた世界ではとても偉い立場にあったらしい。ただ、事故でうちの庭にこのダンジョンの出口が繋がってしまったらしいんだ。そして戻れなくなった……」
「それはエライことですやん」
ミミルちゃんは1000年くらい生きるって言うたはったけど、いまは128歳やって話や。まだ850年くらいは地球で生きていかなあかんってことや。
ほな、日本で生きていけるだけの知識とか必要ってことやけど……。
「にくでた」
「おおっ、よかったな!」
ミミルちゃんがとても嬉しそうに巨大ツノ付ウサギの肉らしきものを持ってきた。
50cmくらいはあると思うけど、死んだウサギはどうなったんやろ。
「これ、どないしますのん?」
「ダンジョン内の食料だね。美味しい兎肉なんだが、裏田くんが食べるとどうなるかわからないから、食べさせてあげられないけど……」
知らん間に肉塊が僕の目の前から消えとった。
あかん、わけがわからへんようになってきた……。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。