第269話
一方、裏田君の方へと視線を向けると、見事に棒立ちしてミミルを眺めている。
だが、流石に再起動したようだ。
「え、えっと……オーナーって独身ですよね?」
「そうだよ。悪いね、ミミルはちょっと人見知りするから……」
「ほな、この子は?」
話し始めたの裏田君を見て、ミミルが俺の背後へと素早く隠れてしまった。
それを後手で捕まえ、今度は俺の左側へと立たせる。
「そうだなあ……説明するよりも、実際に目で見てもらうのがいいと思うんだが。ミミルはそこの部屋で着替えてきてくれるかい?」
「……ん」
小さな声を出して頷き、ミミルはウォークインクローゼットへと入っていった。
「えっと、裏田君はゲームとかするんだっけ?」
「いや、急に話変わってますけど……まあ、人並みにはやりますね。子どももやるさかいに……」
「じゃあ、ダンジョンって聞いたことがあるかな?」
ソファに腰掛け、裏田くんにも座るよう手で指し示す。
どうやら俺の意図が通じたようで、彼もソファへと腰掛けた。
「ロールプレイングゲームとかで出てくるやつですよね。洞窟みたいな感じですかね」
「うん。そういうイメージだよなあ……」
改めて自分の持つ「ダンジョン」というものへのイメージが裏田君が持つものに近いことを再認識した。
俺たちの世代だと国民的テレビゲーム機でプレイしたロールプレイングゲーム等に出てくる洞窟がダンジョン。
まあ、夜中に読んでいたりするウェブ小説などではタワー状のものや、遺跡のようなものまでいろいろとあるようだが……。
「実は1週間前、この店の奥庭にダンジョンができた」
「――は?」
「そのダンジョンから出てきた少女がミミル」
「――へ?」
口をぽかんと開けて「何をバカなことを言っているんだ、こいつは……」といった表情で裏田君が俺を見つめる。
いや、事実を言っただけなんだが……やはりこうなるよな。
「ミミルは見た目、10歳か11歳くらいに見えると思うが……実は128歳だ」
「――ええっ!?」
ミミル本人の口から言っていることではないし、証拠となるものが一切ないのが辛い。
「なんか、僕のこと誂ってます?」
「いや、真面目も真面目、大真面目だよ」
「そやかて、あまりに阿呆臭いというか……」
丁度いいタイミングでミミルが着替えを終えて出てきた。
ミミルの場合、ワンピースを脱ぎ、ダンジョン用のローブを着込むだけだから着替えが早い。
「あ、ミミル。悪いけどこっちに来てくれるか?」
とてとてと小走りでやってくると、ミミルはまた俺の背後に隠れてしまう。
実際にダンジョンに裏田君を連れて入り、俺の話が本当であることを見せようと思っているのに、これでは話が進まない。
「ミミル、隠れてたら昼飯が遅くなるぞ」
「ん、がんばる」
俺の背後から素早く前へと回り込むと、ミミルは両手を握りしめて決意を語る。
うん、昼飯がかかってるからだな。
「裏田君に耳を見せてあげてくれ」
「……ん」
ミミルはそっと右手で髪を掬い、隠している耳を見えるように顔を横に向ける。
その耳を見た裏田君は少し目を見開いた。
「裏田君、まだ証拠はないが……ミミルはエルフだ」
「ええっ、エルフですか!?」
「エルフちがう。エルム」
ミミルが頬を膨らませ、俺に抗議するが気にしない。
ここでは俺たち地球人が北欧神話に出てくる妖精のことを何と呼んでいるかが大事なんだ。
「エルフって、あの……いや、うーん」
裏田君は唸り声を上げて腕を組んでしまい、そのまま宙を見上げて動かなくなった。
ミミルの耳ではエルフと判断できない――そんな感じだろうか?
「どうした?」
「いや、もうアニメとかゲームの世界のエルフを思い出してしまうと、その……ミミルさんがエルフっぽく見えないというか」
日本のラノベや漫画、アニメ、ゲームに出てくるエルフはもう神話のイメージからかけ離れてしまっているからな。
ミミルがエルフだと言われて、そのイメージを重ねるとあまりにも違いすぎるんだろう。
「まあ、実際にダンジョンを見てもらおうか。その方が確実だから」
「え、ほんまに見に行くんですか?」
「ああ、百聞は一見に如かずだよ。ほら、行くぞ」
ミミルの手を引いて、部屋を出る。裏田くんもちゃんと後を付いてきてくれている。
通り廊下を抜け、風呂場とトイレ前を通って奥庭に出る。
「うおっ、ほんまに穴が開いてますやん」
「そうなんだ。階段を下りたところに大きな部屋がある。丁度奥庭全体くらいの大きさかな」
「へえ……」
まだミミルは裏田君に慣れないのか、何も喋らない。
裏田君のこともそうだが、明日以降に出勤してくるスタッフ達と馴染めるか少し不安だな。
階段を下りると、出入口の部屋に出た。
ミミルが言っていた通り、少し文字のようなものが浮き上がってきており、ぼんやりと光る天井や床に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。
さて、裏田君をダンジョンに招待する前に注意事項は確りと伝えておくことにしよう。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。