第253話
シマチョウのつるりとした面が焦げるほど焼いたら、裏返してシマチョウの名の由来である縞々になった脂の部分を焼いていく。
ジュウジュウと脂が滴り、熾った炭火からは白い煙が吹き出す。
「おー」
「これは、少し焦げるくらいが美味いんだ」
焼き上がったシマチョウをタレが入ったミミルの皿にそっと置き、その隙に上ハラミを自分の皿へと入れてキープする。
漸くふた切れ目の上ハラミを食べられる。
一方、ミミルは箸先に摘んだシマチョウを矯めつ眇めつ眺めている。他の肉と比べてプルプルとしているので気になるのだろう。
シマチョウは約3分の2が水分、次に多いのが脂質で、3番目がタンパク質だ。だから上手く水分を飛ばすことで旨味が凝縮する。そして、タンパク質にはコラーゲンが豊富に含まれており、脂質の性質も相まって余計にプルプルとして見えるわけだ。
だが、そんな説明は必要ない。
食べ頃に焼き上がったシマチョウを口に入れると、焦げた表面の芳ばしい香りにミミルが目を瞠る。そして、無意識に顎を動かしクニクニとした食感を楽しんでいると、脂の甘味に、肉の旨味がジワジワと溢れ出して口いっぱいに広がったのだろう……今度は恍惚とした表情へと変わった。
ずっと噛み続けているミミルを横目に、俺は上ハラミを堪能する。脂身と赤身のバランスが良く、柔らかくて美味い。
もう1枚のシマチョウを自分の皿に移し、また新たにシマチョウと赤身の肉を並べて焼く。
「おいしい。もっと食べる」
「ああ、いま焼くから。どうだ、焼肉は?」
「おいしい。しょーへいが焼くから」
「いやいや……誰がやっても似たようなもんだよ」
モツの焼き方は知らないと美味しく焼けないが、このテーブルで焼く以上、同じ器具で同じ火加減で焼くことになる。誰が焼いても似たような仕上がりになるはずだ。
「こっちの肉でやってみるか?」
「いいの?」
「火傷しないように気をつけてやれよ」
「むぅ……子どもじゃない」
ミミルに差し出したのはカイノミ。肩のあたりから取れる希少部位だ。貝のような形をしているからこの名がついたらしい。
恐ず恐ずとミミルが肉を摘んで広げていく。
薄く切られているから、火の通りも早い。初めてトングを持つミミルにはちょうどいいはずだ。
ジッと網の上の肉を見つめるミミルの目は真剣そのものだ。
そうして焼き上がった肉をタレが入った皿に取り、2人して箸で摘んで口へと入れる。
焼けた表面から漂う甘い香り、噛めばモチモチとした食感が心地いい。ジュワリと溢れ出す肉汁がタレと混ざって舌を包み込む。
「……おいしい」
「うん、美味いな。ミミルも上手に焼けるじゃないか」
「そ、そう?」
焼き過ぎるとこの食感が失われてしまうが、丁度頃合いになったところで俺が箸で摘み上げると、ミミルも真似をして自分のタレ皿にとって食べる。
薄く小さな切り身なので頬が膨らむようなことはないが、モチモチとした食感のせいか、噛んでいる時間が長いような気がする。
焼き上がったシマチョウをまたミミルのタレ皿にひとつ入れ、もうひと切れを自分の皿に入れる。
網の上に肉を載せようと視線を皿の方へと向けると、隣の席で食事中の若い女性と目が合った。
パッと視線を避けられたが、間違いなくこちらを見ていたと思う……いや、俺の自意識過剰というやつだろうか。
そういえば、周囲にいる他の客や店員から見たら俺たちはどういう関係に見えているのだろう。
銀色の髪をした小学校高学年くらいの美少女――ミミルは非常に目立つ。その前に座ってせっせと肉を焼いて食べさせている俺の姿は……とても奇異に映るかも知れない。
――明日、出勤してくる裏田君にどう説明しよう。
いまのところダンジョン内で俺に何かあった時、キャリアなどを考えても店を任せるなら彼しかいない。
それに明後日は田中君、明々後日はパートやアルバイトの人たちも入ってくる。
これは大問題だ。
つい唸り声を上げて頭を抱えてしまう。
「だいじょうぶ?」
「ああ、うん。問題ない」
頭を抱えた俺を見てミミルが心配そうに声を掛けてくれた。
まだ会ったことがない男のことをミミルに相談できないので、ここはミミルを心配させないよう、テーブルに肘をついた左手に顎を載せ、右手でシマチョウを裏返す。
店を任せるにしても、裏田君の意思というものがある。
将来は自分で店を持ちたいと思って料理人になる人は多い。ホテルで働いている料理人も辞める理由は店を持つだけの下積みを終えて、資金も貯まったから――出資者がいる場合もあるが――という理由が多かったと思う。
裏田君も自分で店を持ちたいと思っていても不思議ではない。
だから、先ずはそこを確認するところからだ。もし、俺の身に何かあれば後は任せることができるとなったら、ミミルのこと、ダンジョンのことを話せばいい。
田中君、パート、アルバイトの人たちはそのあとに考えればいいだろう。
全ては明日になってから考えるしか無いってことだ。
こうして俺が悩んでいる間にカイノミを全部ミミルに食われてしまいそうだ。急いで俺も食べるとしよう。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。