第247話
茶碗と汁物椀などの会計を済ませ、調理家電売り場の前を通って気がついた。
「あ、炊飯器……」
いまの家――店の2階に引っ越す際、炊飯器を廃棄してしまっていた。店の営業中はランチの試食を朝食にして、昼と夕食は賄いで済ませればいいと思っていたからだが……今は状況が変わってしまっている。
ただ、週に1回の休業日だけ自炊するのに炊飯器を買うのも勿体ない気がする。
「……どうした?」
「米を炊く機械なんだが、そんなに使う予定がないから買うか、買わないか少し悩んでるんだ」
目の前には数種類の炊飯器が並んでいる。デパートなので1台10万円くらいする高機能、高性能タイプのものが殆どだ。特に、米を旨く炊き上げるために釜の材質、蒸気の扱いなどに拘ったものが多い。
「なべでたく」
「ああ、その方法があるな……」
何も炊飯器に拘る必要はない。
和食の店に行けば、土鍋で炊いたご飯を出す店もある。八坂神社の前には米に拘っていることで有名な店があるが、そこも一人にひとつの釜で炊くスタイルだ。
そうなると、土鍋やココットなどでもいいことになる。
炊飯器ではダンジョン内で米を炊くことができないが、土鍋やココットならダンジョン内でも可能だ。
それに、ミミルには申し訳ないが、炊き上げたご飯を空間収納に仕舞ってしまえば保温機能なんて必要ない。寧ろ、常に炊きたて状態でご飯が食べられる。
ただ、問題は俺が鍋でご飯を炊く方法を知らないことだ。正確には水の分量だとか火加減。
もちろん、海外の米の炊き方は知っている。炊くというより、煮るだ。そして、残った煮汁を捨てて蒸らす。ねばりの元になる煮汁を捨てるから、パラパラの米になるし、香りも弱くなる。
一方、日本の炊き方だと煮汁を捨てないので、旨味がしっかりと米に吸い込まれ、粘りと香りが残って美味しくなる。逆に香りの強い米を炊くのには向いていないらしいが、隣国の人たちは挙って日本の炊飯器をお土産に買って帰っていたな。
ココットなら店にもあるが、それを空間収納に入れてしまうと仕事にならない。それに2人分にしては大きなサイズだ。ちょうどいいくらいの大きさのものを選ぶことにしよう。
「この鍋にするか……」
「……ん、まかせる」
国産で非常に精密な加工技術を用いて作られたココットタイプの鍋だ。米を3合くらいまで炊けるということで、18cmサイズのものを選んだ。
水の量と火加減は裏田君なら知ってるはずなので、明日にでもその方法を教えてもらえばいいだろう。
これも店員に頼んで購入手続きを済ませた。
土鍋と違ってココットはとても重いので、持ち帰るのは大変だ。
「ありがとうございました」
店員の声に送られ、調理器具売り場を後にする。
近くに「手荷物おまとめ場所」がないので、人気のない階段へと移動してそこでミミルの空間収納へと仕舞ってもらった。
さすがに10kgを超える重さの荷物を持ってウロウロと歩き回るのは遠慮したい。
「いつもありがとな」
「……おれいはケーキ」
このデパートは前回ケーキを買ったデパートとは違うので、品揃えも違う。だが、また全種類を買い求めるというのは勘弁願いたい。
「10個までな」
「むぅ……」
唇を尖らせて拗ねたような声を出すミミル。
別にケーキを買うこと自体は何も問題ないのだが、明後日にはパティシエールが出勤してくる。今後は彼女が作るものを食べてもらうようにしたいだけだ。
それに10個なら1日あたり5個。普通だと食べ過ぎだが、ダンジョン内で過ごす際に食べる分だと思えば……これでも多いな。
まあ、一度口から出した言葉を取り消すなんて野暮なことはせず、10個買うことにしよう。
地下へと下りて、食料品街へと移動してケーキを買った。
複数のお店で5種類ずつだ。
ミミル曰く、「店の味を比べたい」らしい。
いちごショートに該当する商品と、チーズケーキを各1種類買い込んでいる。チョコレートケーキは店によって名前が違いすぎて比べるのは諦めたそうだ。
前回と違うのは、今朝方のようにミミルに何かを説明していて調べ物などに疲れた時、頭を休めるために食べるケーキを買ったことくらいだろう。
受け取ったケーキは買い物ロッカーに入れるフリをしながら空間収納に入れてもらう。ケーキ屋の紙袋でも気にせずに常温ロッカーへと入れる。見ていた人は「常温保存できる焼き菓子を買ったんだろう」と思ってくれるはずだ。
最後に鍵をかけるフリをして、エスカレーターに乗ってデパートを後にした。
「次は、ノートとペンだな?」
「ん。たいせつ」
「そだな……」
ミミルと共に手をつないで店の中に入る。各種雑貨や趣味関係のモノを専門に扱う店だ。そこの文具売り場は定番品からとても珍しいもの、高級なものまで並べている。ミミルが気に入るものも見つかることだろう。
エスカレーターで目的の売り場に到着すると、そこは文具好きには堪らない場所――ある種のテーマパークだ。
俺にとっての調理器具、食器売場のようなものだ。
ミミルも目をキラキラ輝かせながら周囲を見回している。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。