第18話
さて、これからのことをミミルと話し合っておかないといけない。
だが、いかんせん言葉の問題が立ちはだかる。特に“てにをは”がないので誤解を生じやすく集中力が求められるのだ。
ここに来るまでの経緯をミミルが話すのを聞くだけでも疲れてしまった。正直、ランチタイムで休む間もなく料理を作っているときよりも疲れたかも知れない。
俺はミミルの両肩を持ってとりあえず落ち着かせると、考えていたことを話すことにした。
「ミミルは前に暮らした世界に戻ることができないんだよな?」
『ん……そのとおり』
ミミルの表情に薄く翳りがでる。
家族や友人、仲間、恋人なども置いてきたのかも知れない。大切な人にもう会えないということになれば、こんな表情になるのも納得できる。
「だとしたら、この世界――俺たちの地球で暮らしていくしかない」
『ん……』
「ダンジョンがここにあることだし、ここで暮らすか?」
『ん……しかたない』
ミミルはうちにできたダンジョンの管理者。
ここから離れて暮らすこともできるだろうが、何か問題があれば対処してもらいたい。
スタンピードが発生しないだろうというのも何らかの裏付けがあってのことだと思うが、確証があるわけではないだろう。
たとえば、ミミルが暮らしていた世界ではここ数千年は発生していないだけかも知れないし、何かの拍子でダンジョンからふらりと魔物が出てくることがあるかも知れない。
管理者としてそのような事態を防ぐためにも、目の届くところにいなければいけないと彼女は思っているはずだ。
俺はそっと、ミミルの頭を撫でた。
子ども扱いしているつもりはない。
たった1人でこの地球にやってきて、このままここで生きていくしかないミミルの気持ちを考えると、つい撫でてしまうのだ。
ミミルも特に嫌がるようなことはせず、されるがままになっている。
さて……とりあえず考えるべきことはまだ残っているが、方向性だけは決まった。
まずはミミルがこの地で暮らすために必要なものを考えよう。
俺はテーブルの上に置いたままになっていたノートを開くと、ペンを持ってメモをとる。
最初に書き出すのは「生活に必要なもの」から。
わかりやすいものから言うなら、歯ブラシ、
衣類はこれから迎える夏に向けたものが中心だ。
下着、部屋着、普段着、靴、鞄なども必要だろう。
ミミルには悪いが、これらは小学5年生くらいの少女が着るようなものを買い与えるしかない。といっても、本物の小学5年生が着る服では子どもっぽいので、できるだけ似合うものを選ぶことにしよう。
問題は耳だ。
ミミルの耳はピンと尖った形をしていて、俺たち日本人には馴染みがない。
ダーウィン結節が残っていて「少し尖ってるかな?」という程度の人を見かけることはあるが、ミミルの耳の場合は少しどころではないので変に勘繰られる可能性がある。
それに、指摘されたときにダーウィン結節の説明をしたところで、誰にも信じてもらえないだろうし、尋ねられる度に説明するのも面倒だ。
その結果、この店に「エルフがいる」などと大騒ぎになるのは間違いない。
もの珍しさに客が集まってくれるなら飲食店の経営者としては最高なのだろうが、残念ながら俺はそんなことで儲けたいとは思わない。
何よりもミミルを見世物になんかにしたくないし、俺の料理が目当てじゃない客ばかりなんて、絶対に仕事していて楽しくないからな。
ミミルの髪は腰まで伸びているので結ったりすれば隠すこともできそうだが、それを教える人――理容師さんには耳を見られてしまう。帽子を被ってもらうのが現実的なところだろう。
次は、コミュニケーション。
店には数名のスタッフとアルバイトを雇う。
厨房に入るのは俺ともう1人。俺よりも少し若い裏田悠一という男で、イタリア料理の実力派。他に、20歳前後の女性が3名入ってくる。
4人にミミルの存在を隠そうとしても、隠しきれるものではないだろう。
何らかの形でスタッフにも彼女を紹介する必要がある。
どう紹介すればいいかという問題もあるが、ミミルと念話で話ができるのは俺ひとりだ。
それまでにミミルには挨拶や世間話ができる程度には日本語を覚えてもらいたいところだ。
幸いにもダンジョン内は時間の流れが異なる。いまのところ感覚的には地球時間の2時間がダンジョン内の10時間くらいのようだったので、いろいろと詰め込むことにしよう。
最初に覚えてもらう言葉はもう決めてあるので、それさえ覚えてもらえれば、教えるのも楽になるんじゃないかとは思っている。まぁ、それに加えて絵本や図鑑などを用意するつもりだ。
あとはネットでアニメなんかが見られるといいな。
そして重要で、避けられない問題がひとつ。
ミミルの国籍がない。
ひとつの究極とも言えるその美貌は世界中から注目を浴びるだろう。当然、出自が問われ、国籍がないことがバレる。いや、異世界人であることがバレる。
そうなったときにどうなるのか……いや、どうするのか。
ダンジョンごと店を国に取り上げられるようなことにならない方法を考えないといけない――。






