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第243話

 まず、ミミルはどの程度まで日本語を理解できるようになったのだろう。

 ひらがな、カタカナなどについては読むことくらいはできるようになっていたが、教えていないことはたくさんある。


「ミミル、ここは?」


 ミミルの方向へと左肘を突き出し、右手の指でそこを指し示す。

 ミミルには鼻や口、目などについては教えているが、身体の部位などには教えていないところがある。


「……そこ、ひじ」

「じゃあ、ここは?」


 魔物と戦うときはエルムヘイム共通言語で話しているから、ミミルは「肘」を知らないはずだ。それでも指さしただけで正しく名称を返してきた。

 次に、右眼と右耳の間、その少し上方を右手で指し示す。

 ここも呼び名は教えていないから、本来なら答えられないはずだ。


「……こめかみ」

「すごいな、正解だ」


 こんな会話をしていても、フロア係の女性や店主には日本語を教わっているところくらいにしか見えないだろう。


 それにしても、あまり使うことがない「蟀谷(こめかみ)」までわかっていて、発音までできるとなると大したものだ。

 エルムヘイム共通言語になく、日本語には存在する発音もあるのでまだ慣れないだろう。それに、長い単語になるとさっきのようにまだ上手に言えない言葉がでてくる。それは練習して慣れるしかないとして……。


〈本当に日本語が話せるようになったみたいだな〉

〈いったいどういうことだ……〉

〈俺も急にエルムヘイム共通言語を話せるようになっただろう?〉

〈そうだったな。突然頭を抱えて倒れたのを覚えているぞ〉


 あの時のことをよく思い出してみる。

 普段、寝ているときに見た夢などはすぐに忘れてしまうのだが、あのときに見た夢は比較的よく覚えていると思う。


〈あのとき、俺は夢を見たんだ。背の高い男が泉の淵に座っていて、声をかけても返事がない。とにかく喉が乾いたのでその泉の水を掬って飲む夢だ〉

〈泉と男……どんな泉だ?〉

〈遠くに大きな木が見えた。その根が1本伸びて、その泉に入っていたのを覚えている〉

〈むう……〉


 ミミルはテーブルに両肘をつき、両手の指先を全て合わせる。そして、両手の親指の上に顎を載せると、両目で俺をじっと見つめる。


〈……賢者の泉。その水を飲めば知識が身につくという言い伝えがある。私もダンジョンで加護を得る際、夢の中でその泉の水を飲んだ。いや、溺れたのだが……〉

〈え?〉

〈いきなり泉に落ち、溺れて水を飲む夢を見たのだ。その際、視界の隅に大きな木の根と、男が近くにいたことを覚えている〉


 少し恥ずかしそうに俯き、上目遣いに俺の方を見遣るミミル。

 夢の中とはいえ、溺れたことが恥ずかしいと思ったのか?


〈その賢者の泉とは?〉

〈賢者の泉のことは……第3層の出口に書かれている〉

〈自分で辿り着けってことか?〉

〈他にあるまい?〉


 ニヤリとした笑みをミミルは俺に向ける。

 いままでのやり取りで予想されていただけに、特にショックは受けないのだが、この笑みはどんな意味があるんだろう。


「おまたせしました。ポタージュスープとサラダです」


 肩越しにフロア係の女性の声がすると、最初に紙ナフキンが敷かれ、そこにフォーク、ナイフ、スプーンが並び、続いてスープ、サラダが正面にセットされる。


 これまでの間にフォーク、ナイフ、スプーンくらいは地球の言葉として教えてある。ただ、スープやサラダという単語は教えていない気がする。


「お肉はもう少しお待ち下さいね」


 料理を出し終えた女性が口にすると、俺も「わかりました」という意思表示のために軽く会釈しておく。

 恐らくそんな文化がないミミルからすると不思議な光景だろう――と思って視線をミミルに向けると、既にスプーン片手にスープを凝視していた。


〈食べていいか?〉


 訊ねるときくらい、俺の目を見て欲しいものだ。

 少し意地悪したくなってくる。


〈せっかく話せるようになったんだから、ニホン語で話したらどうだ?〉

〈むう……〉


 ミミルは慌てて視線を俺の方へと向けて、不満そうに口を尖らせる。この拗ねたような表情がとても可愛い。

 一方、俺は両手を合わせ、いつもの言葉を述べる。


「いただきます」


 気づいたミミルが慌ててスプーンを置いて両手を合わせ、「いただきます」と小さな声で早口に呟く。

 これを言えば食べてもいいと思ったのか、ミミルは慌ててまたスプーンを手に取り、ポタージュの海へとツボを沈める。そして静かに掬い上げると、中身を溢さないようにそっと口元へと運ぶ。


「……おいしい」


 ミミルも気に入ったようだ。

 少量のクルトンと刻んだパセリが浮かぶ、ベーシックだがしっかりと上質なブイヨンが効いた美味いポタージュだ。


「しょーへい、つくれる?」

「無理だな……」


 正確には作れるが、専門外だ。似た味にはなるだろうが、ここまで洗練された味にはならない。


 それにしても、こうして質問できるくらい日本語が話せるようになっているとは驚きだ。

 やはり、どんな言葉を聞いたのか思い出してもらった方がよさそうだ。


この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。

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