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第227話

 ミミルは諦念の籠もった声で、訊ねる。


「これなに?」

(はかり)

「はかり……はかり」


 ミミルにとってはモノの名前を覚えることが大切で、中身を説明できる必要はない。だから、具体的な説明はエルムヘイム共通言語で行う。


〈ハカリは重さを量る道具だ。天秤はわかるだろう?〉

〈もちろんだ、持ち歩いているぞ〉

〈そ、そうか……〉


 空間収納があれば天秤ぐらい持ち運ぶのに苦労はしないだろうが、普段から持ち歩くものではないような気がする。

 だが、他に手段がないのなら持ち歩くしか他はあるまい。


〈天秤は反対側に重りを載せるだろう?〉

〈うむ、大きさの違う魔石を載せて比べるのが普通だ〉

〈でも、手の上に載せても重さは感じるだろう?〉

〈そうだな〉


 実際に手に持ったスケールを持っているから、それなりの重さを感じているのだろう。

 ミミルが素直に頷く。


〈その手のように重さを感じるセンサーがついているんだ〉

()()()……〉

〈そう、キカイが感じた重さを数値にして見せてくれるのがハカリだ〉

〈ふむ……〉


 なんとなくスケールのことについては理解してもらえたようだが、ミミルは思案気な顔をしている。

 そして、(おもむろ)に俺に視線を向けて訊ねる。


〈もしかするとだが、センサーというのは何かを感じることができるモノ……なのか?〉


 言われて思い出す。

 つい1時間ほど前に防犯設備の話をするときにセンサーのことを話したのだ。俺はどう説明していいかわからなかったが、ミミルは自分で答えに辿り着いたのだろうか。


 人感センサーは人の体温を、赤外線センサーは赤外線を遮られたことを、開閉センサーは窓が開いたことを、ガラスの破壊センサーは固有振動を検知……カメラはイメージセンサーで光を感じることで映像を電子化して保存している。

 それで全てなのかと聞かれると自信はないが、センスって「感覚」以外にも「感じる」という動詞があるからな。


〈そ、そうだ。さすがはミミルだな……ノートとペンが必要なかったじゃないか〉

〈いや、しょーへいが〝ハカリが重さを()()()〟と言ったからわかった。私がそれで気づくか試したのだろう?〉


 そんなわけがない。

 俺はただ単に……それこそ感覚的に「感じる」と言っただけだ。


 なんとなくミミルの視線に尊敬の念が籠もっているような気がするんだが、気のせいだ。

 俺はそんなに賢くない。(むし)ろ、鈍重なくらいだ。


〈いや、偶然だ。偶々(たまたま)()()()と言っただけだよ〉

〈そうなのか?〉

〈そうだよ〉


 右手で後頭部を掻きながらミミルの問いかけに返事する。


 俺はこういう時に嘘を()いたりできない。例えそれが冗談だったり、会話を弾ませるためのいい起爆剤になることを知っていてもだ。


 仕様がない、俺は不器用だから。


〈……死ぬまで幸せでいたいなら正直に生きろ〉


 目を伏せるとミミルの呟きが聞こえた。


 釣られるように顔をあげると、カウンターの椅子に座ったミミルがぼんやりと外を見つめている。

 月明かり……といえば風情があるが、この街も年中光に溢れていて、まだ深夜ではあるが空は青暗い。

 その(ほの)かな明かりに照らされたミミルの横顔はとても美しい。


〈エルムヘイムの(ことわざ)だ〉


 俺の視線に気づいたミミルがこちらへと向き直る。


〈しょーへいは幸せだな〉

〈そうなのか?〉


 日本には「正直者は馬鹿を見る」という言葉がある。

 まったく正反対の意味を持つ言葉だと思うのだが……。


〈正直者は恨みを買うことがないからな。もし、正直者が言った言葉で被害を受けた者がいたとしても、元はその者が人を騙したり、貶めたりしたことが原因だからな〉

〈なるほど〉


 ここでミミルの言うとおりだと言えない自分がいる。

 一方、ミミルがいたエルムヘイムは、魔法が使え、身体強化が使え、魔力強化した短剣や剣なんかを振り回す世界。恨みを買えば長生きできないというのも理解できる自分がいる。

 納得していないが、そこは生まれ育った環境の違いというやつだろう。


〈とにかく、センサーは何かの刺激を感じてそれを知らせるモノだ〉

〈よくわかったぞ、しょーへい。ありがとう〉

〈いえいえ、どういたしまして〉


 地球のいろんなことを覚えてもらわないと、俺の方が困る。

 教えられる範囲は教えるとは言ったが、ネットを見てミミルが自分で調べられるようになる程度には教えないといけない。


 ミミルはニコリと笑みを見せ、また庭の方へと目を向けた。


〈しょーへい、いまはチキュウで何時なのだ?〉

〈そうだな……〉


 時計を見ると、朝の四時。

 だが、いい機会だ。日本語の勉強のお時間にしよう。


〈ニホンゴでは〝いま何時ですか?〟と訊ねるんだ〉

〈――むぅ〉


 ちゃんと答えずに、突然日本語での訊ね方を教え始めた俺に対し、ミミルは一瞬眉を(しか)めて唇を尖らせる。だが、俺の意図してることを理解したようだ。


「いななんじで、すか?」


 少し不満げな声ではあるが、辿々しい日本語で訊ねようとする。


「もう一度……いま何時ですか?」

「いまなんじ、で、すか?」

「いま、4時です」


 俺が教科書にあるような返事をすると、ミミルは何やら頓悟(とんご)した様子で目をキラキラと輝かせて俺を見つめていた。


この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。

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