第225話
とりあえず、温度については手掛かりが見つかりそうにないので詳しい検証はやめる。
因みに、エルムヘイムでの温度単位はカルという。0カルが氷の融点、100カルが沸点ということになる。
だが、ミミルから質問されていた内容だけは答えておかないといけない。
〈それで、最も嵩が減る温度なんだが……〉
〈そうだ、それだ!〉
〈セッシ4ドだな。そのときにもっとも嵩が減る。といっても目に見えて減るわけじゃないので、確認するのは難しいと思う〉
温度を上げるなり、下げるなりして体積が増えるのはわかりやすいんだが、摂氏4度のときの体積が一番小さくなるのを目で見る方法なんてわからない。
ネット検索すればわかるのかも知れないが……今は店のカウンター席のところでスマホ検索だから、勝手が違う。
〈じゃ、ミミルの砂時計と俺のスマホで違いがあるか確認しようか〉
〈そうだな。同時に始めるんだぞ?〉
〈掛け声はないのか?〉
〈任せる!〉
いざ任せると言われるとカウントダウンにするのか、「せーの」にするのか悩んでしまうが、確実なのはカウントダウンだろうな。
でも、これも基準が結構複雑だ。ロケットの打ち上げなどを見ているとわかると思うが、外国ではゼロを言わない。
〈じゃあ、サン、ニ、イチで、ゼロのタイミングになったら開始だ〉
〈わかった、やってくれ〉
〈いくぞ、サン、ニ、イチ……〉
ミミルは無言で砂時計の上下を返し、俺はスマホのタイマーのスタートボタンをタップする。
タイミングに多少のズレがあるとはいえ、想定の範囲内だ。
もちろん、大きな砂時計を反転させるんだからミミルの方が少し遅い。
2人の間を妙な沈黙が包みこむ。
そこまで神経質になるほどのことではないのだが、エルムヘイムとチキュウの時間の流れに違いがあるかどうか……それがわかる作業だから気合が入っているのだろう。
それに、地球の1日は正確に言うと23時間56六分だ。
公転している関係でどうしても4分短くなってしまう。それを平均化した時間でスマホのタイマーは動いているから、ミミルの方がキッチリ24時間ベースの砂時計を作っていたら必ず差異が出る。
とはいえ、5分間で1秒に満たない程度の誤差でしかない。
カウンターに座って青くキラキラと光る砂が落ちる様をジッと見つめるミミル。
砂時計を見つめるのが好きなのだろう。
そう思って見つめていると、ミミルが目線だけをこちらに向けて訊ねる。
〈どれだけ経った?〉
〈いま1プン過ぎたところだ〉
〈そうか……〉
見た目で砂時計が5分の1程度落ちたと思ったのだろうか。それとも単にせっかちなだけか……難しい。
斯く言う俺もスマホの画面表示が暗転しないように画面に触れたりしつつ、ミミルの前にある砂時計をチラチラと見ている。
こんなにも緊張感が漂うなんて、大層な実験をしているわけでもないのに不思議なものだ。
〈どれだけ経った?〉
〈まだ2フンだ〉
〈そうか……〉
実際にはまだ2分を過ぎていないが、もう時間が気になるようだ。地球とエルムヘイムの環境は非常に似ているんだから、時間の感覚も非常に近いだろうと俺は予測しているのだが……。
ミミルの眺めている砂時計を見ると、まだ半分も減っていない。
俺のスマホもまだ残り2分40秒を表示している。
〈地球ではなぜ〝イップン〟とか〝ニフン〟とか、なぜデレの単位が変わるのだ?〉
〈ニホン語の文字の読み方としてはフンなんだが、前の発音に釣られて変わるんだよ。他の国の言葉でもよくあるんだぞ〉
〈ふむ。で、そろそろか?〉
〈まだ二フンは残ってるぞ〉
〈ぐむぅ……〉
じっと砂時計を見続けるのが苦痛なのだろうか。
話をしている間に半分くらいは落ちたようで、そのペースを見るにほぼタイマーが5分経過したことを知らせるタイミングですべてが落ちるような気がする。
〈こんなことなら1デレットの砂時計を出せばよかった〉
〈なんだ、そんなのも持ってるなら今から変えてもいいんだぞ?〉
〈……このままでいい〉
少しミミルの声に元気がない。後悔先に立たずだな。
1分計なら今すぐ交換すれば、そちらの方が早く終るのだが……中途半端に砂が残った状態だと、それを落とすところから始めるから同じようなものか。
実際に計測を始めるまでは半信半疑だったが、タイマーも残り一分を切ると、本当にエルムヘイムの5デレが地球の5分と同じであるような気がしてくる。
太陽がその直径分だけ移動するのに掛かる時間は2分だが、それが太陽とソルが同じ大きさだとは限らないし、地球と太陽の距離とエルムヘイムとソルの距離が同じとは限らない。
考えていると、スマホの残時間表示が残り30秒ほどに減っていた。
〈こっちは時間が来たら音が鳴る、ミミルも終わったら教えてくれ〉
〈わかった〉
暫く経つと、俺の持っているスマホが甲高い電子音を立てて鳴動した。
俺は態とスマホを鳴らしたまま、ミミルの前にある砂時計へと目を遣った。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。