第224話
菓子パンを食べ終え、2杯目の失敗作カプチーノを飲みながらミミルに話しかける。
〈次は時間に関する単位だな。エルムヘイムの単位はシク、デレ、センデだよな〉
〈うむ、そのとおり。60シクで1デレ、60デレで1センデだ。1日は24センデ――チキュウと同じだ〉
〈へぇ……〉
エルムヘイム共通言語の知識として時間単位はわかっていたが、地球と同じ60進法なんだな。
地球とエルムヘイムで時間の概念が同じなのはとても興味深い。
因みに、時間の単位はセンダ、分間はデレッタ、秒間はシクーンになる。
〈時間の概念はエルムヘイム共通言語と主にルマン人が持ち込んだと伝えられている。ダンジョンに入ることで長命になったエルムには時間など無縁のものだったからな。〉
〈なるほどな。ルマン人が時間の単位を持ち込んだというならチキュウと同じなのも納得だ〉
最初に1日を24時間に分割したのはバビロニア人、午前と午後で12時間ずつ分割したのは古代エジプト人とされている。
その時間の考え方はローマ帝国等を通じてヨーロッパに伝わっていただろうし、ルマン人が知っていても不思議ではない。
〈エルムヘイムのタイヨウはソールって呼ぶんだよな?〉
〈その通りだ。見た目はタイヨウと同じくらいの大きさだ〉
ミミルに地球のことを教えるのに太陽のことは図鑑を使って教えてある。
天空を太陽が1個分、直径の幅だけ移動するのに掛かる時間は2分だ。日の出で太陽が頭を出し、すべてを現すまでにかかる時間を測るのが最もわかりやすい。
エルムヘイムの太陽が同じくらいの大きさに見え、同じ1日が24センダ、1440デレとされているなら、2デレで直径1個分、移動するはずだ。
進化の結果は違うにせよ、エルムヘイムは地球と似たような環境なのだろうと思っていたが、少なくとも惑星の自転速度では似た関係にあるようだ。
更にその先へを確認しよう。
〈1年は何日だい?〉
〈1年は12ヶ月、360日だが、6年に1回は13ヶ月になる。追加の1ヶ月は閏月という〉
地球は12ヶ月、365日だ。360にするなら、同じように6年に1度の閏月が必要になる。
〈つまり、エルムヘイムと地球は似たような環境にあるということだ〉
〈うむ、陸地の量は全然違うが似ているように思う〉
ミミルも俺のような考え方で「似ている」という言葉を発したのかはわからない。しかし、長い年月の中で生物が発生し、人間に似た姿形をしたエルムという生物が進化してきているんだから、環境が似通っていても不思議はない。
〈念の為に確認するが、チキュウの一ビョウと、エルムヘイムの一シクの長さは同じかい?〉
ミミルはまた俺のスマホを覗き込む。
画面が暗転してしまったので、ロックを外してまた時計画面を見せてやると、暫く眺めてからミミルは答えた。
〈そうだな、ほぼ同じだと思うが……正確にはわからん。この――〉
ミミルは思い出したように空間収納から何かを取り出す。
〈砂時計で5デレットだ。比べてみればわかるだろう〉
各辺20cm程度の箱がドンッという音とともにカウンターの上に置かれた。
中央に大きなガラスの塊のようなものがある。その中をくり抜くように地球の砂時計と似た形をした空間があって、キラキラと煌く青く細かい砂が入っている。
継ぎ目も無く、砂を入れた穴さえ見つからない。ガラスの中に砂時計型の気泡を作り、完璧に5デレ丁度になるよう調整されたものだとしたらすごい技術だ。
〈これはミミルがつくったのかい?〉
〈もちろんだ。錬金魔法で作ったものだ〉
〈また教えてくれるか?〉
ミミルは俺の言葉に柔らかい笑顔を見せる。
〈もちろんだ。それより先に検証しようではないか〉
〈そうだな〉
俺はスマホの時計をタイマーに変えて、時間を5分に設定する。
〈表示が変わったな〉
〈タイマーというんだが、時間を逆に数えてくれるんだよ〉
〈スマホとやらは本当になんでもできるな……〉
ミミルは時間を計測するために各辺20cmもある砂時計を持ち歩いているのに、俺はそれをスマホでやってしまう。ミミルが呆れるのも当然かも知れない。
〈まだ、半端に砂が残っている。先に温度の単位のことを教えてくれ〉
温度単位には一般的に用いられている摂氏で説明する。
その方が、教える俺自身がわかりやすい。
〈温度は氷が溶ける温度を零ド、沸騰する温度を100ドとしている。この表記方法をニホンではセッシと言うんだ〉
〈セッシとはそういう意味なのだな。温度の基準もエルムヘイムと同じだ。思ったよりも共通点が多いのが不思議だが……これもルマン人が持ち込んだとすれば理解できるか?〉
ゲルマン民族の大移動があった時代に温度単位があったかと聞かれると厳しい。
スマホで検索してみると、ガリレオ・ガリレイが16世紀末に温度計を作ったとする記録が最も古いようだ。
〈残念だが違うようだ〉
〈むぅ……〉
〈歴史ではルマン人がエルムヘイムに移動した後に温度を測る道具が作られているらしい〉
もっと気温や水の温度に影響を受けやすい種族――例えば魚人族のような種族なら必要に迫られて温度計を発明している可能性もあるな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。