第16話
第1層の入口にある転移石に触れると、すぐに店の庭にできた地下の部屋に戻っていた。
眩しい光が出るのを知っていたので、今回はしっかりと目を瞑っておいて正解だ。
戻ってきて気がついたことがひとつ。
ダンジョンの中ではツノウサギとオカクラゲという魔物に遭遇して戦ってみたりしたので1時間近く経っていると思ったのだが、ポケットに入ったスマホの表示を見ると、たぶん10分くらいしか経っていない。
もしかすると、ダンジョン内では時間の流れが違うのだろうか。
これは先に確認しなければいけない。
「なぁ……ダンジョンの中は時間の流れが違うのか?」
『ダンジョン、いじげん。じかん、ちがう』
なるほど。
どの程度の差があるのかは、実測してみないといけないな。
ストップウォッチを2個用意すればいいだろうか……。
『じかん、そう、ちがう……』
ミミルは地面に屈むと、空間収納から四角い箱状のものを取り出してガチャガチャと何かやりながら思念を飛ばしてくる。
だが、いまのはちょっとわかりにくい。
「どういうことだ?」
『そう、ちがう……じげん、ちがう。じげん、ちがう……じかん、ちがう』
ダンジョンの構造は、他の世界から切り取ってきたものを異次元に再現した層を繋いだもの。一つひとつの層が異次元の世界にあるので、それぞれの層で時間の流れが違うということか。
「なるほど……」
たぶん理解できた。
ただ、時間の流れが違うということは、便利なこともあるし、不便なこともある。
たとえば、時間の流れが5分の1になったとすれば、地球では1日だけど、ダンジョン内では5日間過ごすことになる。勉強や締め切り前の執筆作業、プログラミングなどダンジョン内でやればかなりの余裕ができる。
ただ、ダンジョン内では5日間分の食事が必要になる。スキル版の空間収納で時間停止した状態で食べ物を持ち込まなければ、現地調達しかない。
一長一短というやつだ。
『しょーへい……ませき、だす』
急に頭の中にミミルの声が聞こえて我に返った。
俯くと、そこには何故かニコニコと笑顔で手を差し出している少女がいる。
――おじさん、飴ちゃんちょーだい
そんな台詞が似合いそうだ。
実はかなりの御高齢なんだけど……。
拾った魔石をポケットから全部取り出し、彼女に渡す。
「いいけど、こんなものどうするんだ?」
『みる』
先ほど彼女が取り出していじっていた箱は何かの道具らしい。
ミミルはその道具らしきものの蓋を開いて琥珀色の魔石をすべてその中に入れ、蓋をした。
道具らしきものはゴゴゴと小さな音を立てていたが、しばらくすると勝手に蓋が開いた。
中には赤銅色をしたトランプサイズのカードが一枚入っている。
「これは?」
『ぎのう、ひょうじ』
ん?
これは、職業や氏名、ランクやレベルなどを表示するカードってことか。
『ち、おとす。ゆび、だす』
俺も料理人なので何度も指先を切ったりしているが、いざこれから指先を切りますなどと言われて切ってもらったことなどない。
正直言って怖い……。
それに刃物が鋭利であれば痛みも感じることはないが、指先を切るナイフって、さっき借りたこれしかないよね?
あの、魔物の首とか切ってたやつだし、衛生面を考えるとダメだろう。
「いや、このナイフで切るのか?」
『ダンジョン、まそ。びょうき、げんいん、ない。あんしん』
やはり、名詞と動詞の羅列だとわかりにくいな。
何やらダンジョンは安心と言ってるようだが、根拠がいまいちわからん。
とりあえず、仕事道具の包丁や絆創膏は事務所部屋にあるし、そっちでやったほうがいいだろう。
「とりあえず、2階に戻ろう」
『ん――』
奥庭にできた穴から裏口を開き、ミミルと共に遠い二階の部屋に戻った。
そして、俺はいま右手に自分のペティナイフを持って、ミミルの前に立っている。
カードの上に一滴だけ、血液を垂らせばカードへの登録は完了するそうだ。
もちろん、包丁は大事な仕事道具だから丁寧に研いである。
切れ味になんの不安もない。
軽く刃を指先に当て、ほんの少しペティナイフを動かすと、なんの痛みもなく指先の皮に切れ目が入る。
やや遅れて血が玉のように指先に溜まり、それがポトリとカードに落ちる。
カードの上に落ちた血が、あっという間にカードの中に染み込むと、今度はカードが淡く光り、そして元の赤胴色に戻った。
ミミルがカードを手に取り、表面をスッと撫でると表面に文字らしきものが浮かび上がった。
つらつらと文字らしきものが並んでいるのだが、この地球で見たことがあるような文字が並んでいる。
確か占いやゲームの中で見たことがある文字に似たものがあった気がするが、記憶が定かではない。
とにかく、俺にはさっぱり読めなかった。






