第223話
実測方法については調べていないが、現在の技術で測ると1mと少しの誤差が出るらしい。
基準になる長さなので、そんな曖昧な数値を採用することができないので不変的な値を求めた結果が光の速度なんだろう。
ともあれ、ミミルに説明だ。
〈チキュウは北の端にあるホッキョクと、南の端にあるナンキョクを結ぶ軸を中心に1日に1回、回転している。そして、その2極から等しく離れた場所はセキドウと言う〉
〈ふむふむ……〉
画面に地球儀の絵を表示したものを見せながら説明する。
スマホでもできるだろうが、画面が結構大きいので便利だ。
居室のストリーミングデバイスはキーボードがないのが辛い。
〈最初は、そのホッキョクとセキドウまでの距離を1000万分の1にした長さが1mに定められたらしい〉
〈つまり1000万mを測ったのか?〉
〈100年以上前の話だが、測ったそうだぞ〉
〈ご苦労なことだな……〉
少し訝しむような目で俺を見つめるミミルだが、もし嘘だったとしても、俺が吐いた嘘じゃない。そんな目で見ないで欲しい。
〈それが起源だが、現在は違う形――約3億分の1秒間に光が進む距離ということになってる。光の速度は一定だからな〉
〈そうなのか?〉
〈おっと、そこから先は自分で言葉を学んで調べてくれ。俺の頭じゃこれ以上は無理だ〉
〈むぅ……〉
これで長さと重さについては説明が終わった。
ミミルはまだ色々と教えてもらいたいようだが、俺としてはひと息つきたい気分だ。
〈少し休憩しないか?〉
〈そ、そうだな。うむ……そうしよう〉
時計は深夜の3時を指しているが、ダンジョンの生活で体質が変わっているせいもあり、全然眠くならない。
幸いにもエスプレッソマシーンがあり、試供品だが豆も揃っている。
いろいろと頭を使ったので、疲れているという認識はある。
スッキリさせるためにも甘いものが食べたい気分だ。
甘い菓子パンやお菓子の類はミミルが空間収納に格納しているはずだ。少しくらいは分けてくれるだろう。
ただ、煮込み料理にチョコレートを使うだけでも気を遣ったから、調理専用のものを別に用意しておくほうがよさそうだ。
まあ、その辺は明後日から出勤するパティシエールに頼むとしよう。
何故かミミルと手を繋ぎ、事務所を出て一階に下りる。
店の中だから迷子になることはないと思うが、ミミルも少し精神が不安定気味だから仕方がない。
ミミルにはカウンター席に座ってもらい、俺はエスプレッソマシンの電源を入れた。
作業台にもライトが灯され、暗い店内だがこのカウンターだけは明るく照らされる。
マグカップに入れた水にマイクロウェーブを掛け、沸騰させてカップを温める。本来ならカップヒーターがついているのでそこから取り出して淹れるのだが、食器は今日届くから仕方がない。
〈ミミルも飲んでみるか?〉
〈美味いのか?〉
〈初めてでも飲みやすいものにしてやるよ〉
〈では頼む〉
そういえば、この機械が届いてツノウサギの肉の煮込みの隠し味にエスプレッソを1杯だけ淹れただけだ。
ちゃんとコーヒーを淹れて飲むという意味では、これが初めてだな。豆は缶に入った試供品なのが残念だ。
スチーマーの圧力、抽出温度、時間……すべてがデジタル表示されるのでわかりやすい。本格的な機械といえばそうだが、無骨な鉄パイプと鉄板だけでできたような昔ながらのマシンと比べると素人でも使いやすくなっている。
ただ、ボイラー温度が上昇するまで少し時間がある。
〈ミミル、少し甘いものが食べたいんだが、何か残ってないか?〉
〈む、そうだな……〉
ミミルがカウンターの上に菓子パンやお菓子の類を並べていく。
あんぱん、メロンパン、こしあんドーナツ、あんバターパンにパン・オ・ショコラ……。
ずらりと12個ほどの菓子パンが並んでいる。
クリームパンがないのはダンジョンの中で食ってたからだな。
最後にチョコレートが少しと、パン屋で買ったガトーショコラ、チーズケーキなどが並んだ。
やはり見事に甘いパンばかりで、カレーパンやピロシキ、ソーセージ入のパンのような惣菜パンを完璧に避けている。店頭に置いてある値札の商品名は殆どがひらがなかカタカナの名前だからミミルにも読めるのかも知れないが、意味や中の具材まではわからないはずだ。
これはある意味ミミルの特殊能力なのかも知れない。
〈これ、もらうぞ〉
アップルデニッシュとでもいうのだろうか。甘く煮た林檎をバターたっぷりの生地でパイ風に焼き上げたパンだ。
ミミルはあんバターパンを選んだ。
そろそろボイラーも温まってきたので、ミミルの飲み物から作る。
スチーマーで温めた牛乳をマグカップに入れ、そこにエスプレッソと蜂蜜を入れたハニーラテだ。
俺の分はというと、練習も兼ねてカプチーノだ。
口をつけると唇の形にスパッとフォームが削れるような出来がベストだが、ブランクが長いせいもあって失敗だ。
こればっかりは店員研修のときに一緒に練習しないといけないな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。