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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第21章 守護者との戦い
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第201話

 手早く短剣を使って鰹を五枚おろしにする。

 2人で食べる量としては、雄節(背中の身)を1本使うことにして、残りはミミルの空間収納へと仕舞ってもらった。

 鮮度がいい鰹の身は艶々と赤く、マグロのような色をしている。

 残念だが時間が経って鮮度が落ちると茶色く変色してしまう。


 鰹の皮目からガスボンベのトーチで焼いていく。


〈なんだ、焼くのなら薪の上で焼けばいいではないか〉


 焚き火台の上に網を敷いているので、それを使えばいいと言いたいのだろうが、炭火だと遠赤外線効果で中まで火が入ってしまう可能性があるし、薪火だと今度は(すす)がついて黒くなってしまう。


〈表面だけを焼きたいんだよ。本当は稲の茎や葉があるといいんだが、そんなものダンジョンには無いだろう?〉


 小麦や稲が魔物なのか、ただの植物として生えているのかはわからない。

 だが、植物系の魔物だった場合は稲穂や麦の穂を刈ったら藁の部分は残らない可能性が高い。

 散々植物系の魔物を狩ってきたが、西洋人参に似たギュルロは葉の根元を切り飛ばせば根っこ……人参本体と若芽のどちらかが手に入った。若芽や葉の部分もサラダやお浸しに使えるので嬉しくに思ったのを覚えている。

 キュマン、リンキュマン、ルンキュマン……セリ科っぽいの魔物の場合は、食用になる部分――実か葉のどちらかを残すものばかりだった。コウルもそうだ。

 そういえば、パクチーの種 (コリアンダーシード)が出ないのは残念だったが、カレーを作ることもないので困らないだろう。


〈穂を刈り取ると魔素に戻って消えてしまうからな――ないと答えるのが妥当だろう〉

〈チキュウの作物は当然だが魔素に戻るなんてことはないからな。その稲の茎や葉で包んで焼くと、一気に燃え上がって中は生のまま――表面だけが焼けて、更には藁のいい香りが付くんだ〉


 藁焼きのカツオのたたきはその香りも相まって、実に美味いからな。


〈その茎や葉がないのに焼くのはなぜだ〉

〈この魚は身が柔らかいんだよ。表面だけでも焼くと硬くなるから薄く切りやすくなるんだ〉


 本当は食べてしまうと危険なアニサキスを殺してしまうことが主な目的でもあるのだが、ミミルが「ダンジョン内では微細な生物は生きられない」といっていたのを信じていないように思われるので、副次的な効果の部分だけを説明しておく。

 他にも、皮目の脂を溶かして美味しくいただくためだとか、味が活性化するだとかあるんだが、面倒だ。


 続けて全体に焦げ目がついて表皮から中の身まで少しだけ火が入った程度で冷水に取る。それ以上、予熱で火が通らないようにするためだ。


〈いろいろと手間がかかるな〉

〈そのひと手間があると美味しくなる……そんなもんだ〉

〈ふむ、エルムヘイム人はその手間を嫌がるからな……〉

〈なんでだ?〉


 数百年の年月を生きる人たちなんだから、時間くらい有り余っているはず。

 その時間をたっぷり使って美味しいものを楽しむなんて、とても贅沢だと思うのだが……。


〈そうだな、数ヶ月、数週間すれば飽きるからだろう〉

〈職業料理人でもか?〉

〈しょーへいは数百年もの間、料理人を続けたいか?〉

〈それは……〉


 改めて問われると困る質問だ。

 人生が80年と思えば、そのうちの50年近くを料理人として生きること自体に迷いはない。

 だが、その10倍……人生800年となると自信がない。


〈……難しいな〉

〈そういうことだ〉


 正直なところ、厨房に籠もって料理を作り続ける……料理人とはそんな仕事だ。特にホテルで働いていれば、下っ端は実際に自分が作った料理を食べている客の顔などまず見ることがない。

 現実的には「美味しいと喜んでくれるお客さんの顔を見るのが……」なんて経験がないまま独立だと辞めていく人がほとんどだ。

 それに、人生80年でも「隣の芝生は青く見える」ときがある。800年ともなれば、もうお隣は池泉回遊式の立派な日本庭園になって見えているんじゃないだろうか。


〈よくわかったよ……でも、そうなると職業を転々とする人が多いのか?〉

〈平民の場合はそれが一般的だな〉


 ある程度の技量を身につければ違う職業に変わってしまうのなら、前人未到のレベルに到達するまで一つの職業を極めるという人……エルムは少ないんだろうな。

 競争相手がいる間は切磋琢磨して技量を身につけたりするのだろうが、その相手が転職してしまっては目指すものがなくなってしまう。モチベーションの維持が難しいのだろう。


〈ミミルの職業は何だったんだ?〉


 ふと気になったので鰹の身をスライスしながら訊ねてみたのだが、返事がこない。

 ミミルのいる方へ視線を向けてみると、何やら難しそうな顔をしてこちらを見つめている。


〈言いたくなかったら言わなくてもいいぞ?〉

〈いや……そんなことはない。いままで言っていなかったか?〉

〈そんな話になったことがないからな。聞いてないぞ〉

〈そうか。私はフィオニスタ王国の筆頭宮廷魔術師……だった〉


 ミミルはとても寂しそうな表情をみせると、最後は自嘲(じちょう)するように笑った。


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