第180話
カルパッチョといえば前菜だが、カルパッチョ風というだけで実際はキュリクスのモモ肉を使ったステーキだ。
確りとボリュームもあるので、ゆっくりと話をしながら食べ進める。
〈ところでミミル、空間魔法のことなんだが……〉
〈なんだ?〉
いそいそとバケットにキュリクスの肉を挟みながらもミミルが返事をくれた。
夢中になっているときに声を掛けても聞こえていないときがあるのだが、その殆どが何かを食べている時だ。いまのは半分諦めていたが返事があって少し嬉しい。
〈空間魔法ⅢやⅣ、Ⅴの違いはわかった。空間魔法のⅠとⅡの違いはなんだ?〉
〈空間魔法Ⅰは自分の正面だけ空間を歪めることができる。空間魔法Ⅱになれば、違う場所を結ぶ空間を歪めることができるようになる……。まずはできることから練習すればいい〉
上手く使いこなせるようになったら次のステップに進め――ということだろう。ゲームのように熟練度が数値化されていないから、次に進むタイミングを計るのは難しい。
〈念のため言っておくが、空間魔法Ⅴになっても他人は移動させられないからな。あと、技能としての空間収納は空間収納しかできない。そういう意味では、空間魔法を覚えておくことは損ではないぞ〉
そこまで説明すると、ミミルは手にしているキュリクスの肉を挟んだバケットに齧りつく。
空間魔法はあくまでも自分専用ってことなんだな。
そして、空間収納は時間停止した異空間……恐らくどこか違う次元の世界に収納庫を作るイメージなんだろう。
「――ん?」
ふと気がついた。
空間収納のスキルのように異次元へと繋ぐことができて、自分以外の者も瞬時に移動させることができる――このダンジョンにある転移石がそれだ。
もしかすると他人を転移させる方法はあるのかも知れない。
〈しょーへい、どうした?〉
簡易テーブルの継ぎ目をジッと見たまま黙考していた俺を心配したのか、ミミルが口の中のものを飲み込んでから声を掛けてきた。
〈ダンジョンの転移石は別次元へと他人を転移させているじゃないか。転移石にできることなら、ミミルにでもできるんじゃないか?〉
〈だめだ、先ず魔力が足りん。更に石にその魔法を付与するとなると絶対に無理だ〉
〈ダンジョンを創造した誰かさんにしかできない芸当……っていうことか〉
〈フィオニスタ王国では初代国王が作ったとされているが……〉
ミミルは少し考えるような姿勢をしてみせると、途中で区切ったことを思い出したように続ける。
〈政治のために記録されている歴史が歪められたところもあるらしい……〉
〈ああ、そうか……なるほど〉
地球でも為政者の都合のいいように歴史を書き換えたという話はあちこちで聞くから、ミミルが言いたいこともよくわかる。
ただ、地球の場合なら人が長く生きても百年程度。例え史実を書き換えられても、事実を知る人が生き残っているなんてことはない。だが、エルムヘイムは数百年単位で生きる人が多く、為政者の都合で歴史を改竄したところで正しい史実を知る者も多いのだろう。記された歴史に改ざんがあったのなら、それもまた語り継がれていたりするはずだ。
〈但し、ダンジョンの壁文字については事実が書かれている。それを読み解いていけば自ずと誰が何のために作ったのかということくらいは推測できるだろう〉
〈そういうものか……〉
ミミルからは「読むのは手伝うから、とにかく自分自身でダンジョンを攻略しろ」という旨の内容を告げられている。
ここでダンジョンの各層の出口に書かれている内容を訊いたところで同じ返事しか戻ってこないだろう。
でも、ダンジョンを作ったのは誰なのか特定することはできないが、壁文字には推測できるほどの情報量があるということを聞き出せた。
〈ところで、しょーへい〉
〈ん? なんだ?〉
〈明日は第2層での4日目ということになる。最初に5日でこの第2層の攻略を終える予定だと伝えていたな〉
〈そうだな、それがどうかしたのか?〉
真剣な表情、鋭い視線でミミルが俺を見つめている。
ダンジョンの考察をしていた俺にすれば、急にミミルの雰囲気が変わったので何ごとかと心配になってしまう。
〈第1層、第2層の魔物は弱い。だが、第3層からは本格的に獰猛な魔物が出てくるようになる。第1層と第2層はチキュウの図鑑に描かれている草食獣に該当する魔物が主だが、第3層からは肉食獣が中心に変わると思えばいい〉
言われてみれば、殆どの魔物は武器となる角が生えていたり、巨大化していたりするものの、地球上にいる動物であれば基本的に草食系の魔物ばかり。明らかに肉食系と思われるのはイング・ヴォルク(ソウゲンオオカミ)とヴァリンティ(ナカバ・カマキリ)くらいのものだろう。
〈その前に、しょーへいの魔法の強化を図りたい。嫌とは言わせん〉
〈お手柔らかに頼むよ……〉
ミミル曰く、俺の魔法は生活魔法レベルらしい。
俺も魔物との戦いに使える程度には強化したいと思っていたんだ。