第175話
楡の木に似た大木の下に張ったテントの中で目を覚ます。
昨晩、ミミルに言われていたことを思い出し、すぐに音波探知を使用するが、ラウンはいなかった。
やはり便利なので自分専用の空間収納が欲しいのだが、残念だ。
ミミルを起して歯を磨き、顔を洗ってから食事の準備に入った。
朝食は紫ニンジンに似た、ギュルロのスープ。オリーブオイルで炒め、水で煮るだけ――味付けは塩と胡椒だけだ。
ギュルロの味は魔素で育っているからか、甘味が強くて癖もあまり強くないので試しに素材の味だけで勝負したんだが、美味いスープになった。
あとは、イタリアでは定番のベーコン、ほうれん草、タマネギを使ったフリッタータだ。卵液にチーズを削っていれるところがトルティージャとの違いと言えるが、別にチーズを入れずに作る人もいるので同じと言ってもいいかも知れない。
この2品に炙ったバケットと飲み物という組み合わせ。
ミミルは特にフリッタータを気に入ったようで、いつものように口いっぱいに頬張った状態で『また作るように』とだけ念話を飛ばしてきた。
その調理の間や食事中もラウンがいないか音波探知を仕掛けてきたが、残念ながら俺たちがいた場所にあった楡の大木にはやってこなかった。
でも、次の中継地点にも楡の大木が生えているそうで、最初に見つけた楡の大木で見つけたりするなど奇跡に近いということで諦めもついた。
すぐにテントなどを片付けて、ルーヨのテリトリーに隣接する新たな魔物のテリトリーへと入っていった。
ルーヨの次のテリトリーは、背中の皮が固くなったイノシシ――ヴィースという名の魔物だった。
攻撃手段は太くて長い牙。
背中の皮は厚くて硬く、エアブレードでは傷付けることさえ能わない。
ミミル曰く、魔力を更に込めればいいということなのだが、更に魔力圧縮という技能を身につける必要があるそうだ。
ただ、幸運なことにヴィースの足元は防御が甘い。
それを理解すると、短剣からヴィヴラに似た斬撃を飛ばして動きを止め、短剣を使って止めを指す……ルーヨと同じ方法で倒していった。
単純作業が続いたのだが、途中からミミルも参戦してくれたので二倍以上のスピードでガンガン狩り続けた。
なお、ドロップ品はロースやフィレにあたる部分の肉が6個ずつ、頬肉の塊が2個、あとは大きなモモ肉が3個。他に牙や毛皮なんていうのも手に入れた。
ヴィースのテリトリーを超えると、セーフティエリアを挟んで植物系の魔物のエリアになった。
一面のキャベツ畑……それが、その場に立った俺の感想だ。
そのキャベツの丸くなった葉がいきなり割れて広がり、そこから薹が立つ。
その薹の先端は無数の紫色した蕾。そして、球状になった側芽がたくさんついていた。
この魔物は頭が紫色のブロッコリー、側芽は芽キャベツに似ていたが先端は鋭く尖っている。
まるで合体ロボのような魔物で、破れたキャベツの葉がクルクルと回転して飛んでくるし、薹が撓ったと思うと芽キャベツのようなものがこちら目掛けて飛んでくる。
名前はコウルというらしい。
攻撃そのものは速度も無いし、ミミルの作ってくれた防具は優秀なので、当たったところで痛くも痒くもない。
エアブレードを飛ばし、ヴィヴラに似た斬撃で次々と刈り飛ばしていく。
葉が開く前の根元を刈り飛ばせばキャベツに似た球状の野菜が手に入り、葉が開いた後だと棘のある芽キャベツのようなものが手に入った。
薹の先端部分を切り落とすと紫色のブロッコリーが手に入るのだが、1割くらいの確率で黄緑色のカリフラワーのようなものが出たり、赤い色をしたロマネスコのような野菜が出た。
違いがあるのかとミミルに訊ねると、〈亜種なのかもしれんが、見たところ区別がつかない〉という理由で別に名前をつけていないらしい。
とにかく、ここで大量のキャベツや芽キャベツ、ブロッコリー……に似たものが採れたことは間違いない。
実際にミミルたちエルムヘイム人たちもダンジョンで収穫……いや、コウルと戦って食料として使っているらしい。
こうして俺たちは安全地帯での休憩を途中に挟み、また楡に似た大木が生えた小高い丘へとやってきた。
昨日は色とりどりの花が一面に咲いていたが、今日は紫一色で埋め尽くしている。
この匂いは……
「ラベンダーか?」
〈どうした?〉
ぽつりと漏らした俺の声をミミルは逃さず拾ってくる。
〈いや、この匂いがチキュウの〝ラベンダー〟という花の香りに似ているんだ。昔から鎮静効果があって、眠りを誘うと言われているんだよ〉
〈ほう……この花はエルムヘイムでも鎮静薬の材料だ〉
ベルのような形をした小指の先ほどの薄黄色い花が茎の先に鈴生りになっている。
地球では民間療法として不安や不眠、鎮痛、食欲不振などに用いられてきたハーブだが、エルムヘイムでも同じように使われているのだろう。
「――ん?」
直前に放った俺の音波探知に、楡に似た大木の枝に止まっている丸い魔物の音像が浮かび上がった。