第11話
ミミルに手を引かれ、石段を下りる。
なぜか壁や床、天井が弱く発光しているようで、真っ暗というわけではない。
ミミルになぜ壁や床、天井が光っているのかを尋ねてみると、魔素の力で光っていると返事が返ってきた。
ダンジョンを作った経緯などにも魔素という言葉が出てきたが、じゃあ「魔素とは何か?」という話になってしまう。
なんだかとても難しい話になりそうなので、ダンジョン見学が終わったら確認しよう。
20段ほど降りたところを右に曲がると、大きな部屋に出た。
すべて石を組み合わせて作られたその部屋は、俺の店の奥庭全体よりも広い。
部屋の奥には一段高く石が積まれており、その中央には灯籠のように石を組み上げた塔が立っていて、一番上には青く光る大きな丸い石が置かれている。
「あれは?」
『てんいせき……ふれる、はいる』
俺が指さすと、ミミルは答えてくれる。
この石に触れると、ダンジョンの中に入れる感じのやつだな。
安易に触っても大丈夫なものなのだろうか?
『はいる、うん、いい、かごえる』
「かご……?」
『すきる、そうこ……』
運がいいと魔法やスキル、空間庫のような加護が貰えるということか?
それなら早く入りたい気分だが、安全なのか?
不安な顔をしていたのか、ミミルから頭の中に声がかかる。
『しんぱい、ふよう……わたし、いる』
そうだ。ミミルがこのダンジョンの管理者なのだから、何も恐れることはない。
すると、左手に冷たいがとても柔らかい感触が伝わってきた。
ふと見ると、彼女が右手で俺の手をギュッと握っている。
『いこう!』
いままでにない明るい雰囲気で脳内にミミルの声が響くと、彼女が転移石へと左手を伸ばした。
一瞬の浮遊感のあと、俺とミミルは真っ白い光に包まれた。
◇◆◇
あまりの眩しさに目を閉じていたが、地に足がついた感覚と共にゆっくりと瞼を上げる。
そこは先ほどまでいたような石造りの部屋の中だ。
同じ形の転移石が置いてある。
違いといえば、転移石とは反対の場所に扉があることだ。
ミミルは俺の手を引いて、その扉の前に立つ。
『さいしょ、そうげん……』
扉を押して開くと、石段があってそれを上る。
見上げるとそこには青空が広がっていて、一歩進むごとに草の香りと、風に揺れる葉擦れの音が強くなってくる。
石段を登りきるとそこは見渡す限りの草原だ。
「す、すごい……」
海外にいたときも、北海道に行ったときもこれほどの草原は見たことがない。
一切の遮蔽物がない、ただただ地平線まで続く草原。
燦々と輝く太陽は、地球のそれと変わりがない。
地球上では人間の視界というのは自分を中心として4キロメートルの範囲が見えているという。
もし、ここでも同じ理屈が通用するのなら、ここから半径4キロメートルの範囲は草原しかないということだ。
「こ、ここは地下なんだよな?」
思わず口にしてしまう。
違うのだ。ミミルの話を思い出す。
『ここ、いじげん……ほか、せかい、きりとり』
「そうだったな……」
ここは異次元の空間。
どこかにある世界を切り取り、魔素が動植物を再現した空間なんだ。
『ダンジョン、いきもの、まもの』
「ん?」
彼女が指している先には、ピンと立った長い耳が見える。
『まもの』
「ウサギだろ?」
そのとき、俺の声が聞こえたのか、ウサギらしき動物が二足で立ち上がった。
大きい……80センチくらいはあるだろう。
長い耳に、顔の横についた黒い目。割れた上唇に、長い髭に、額にある突起物……。
ん? 突起物!?
「――ハイコエ」
ミミルが手を振り上げて指すと、衝撃波が発生したときのような波紋が指先で広がり、ドサリと音を立てて“ウサギのようななにか”が倒れた。
「え? 何したの?」
唖然とする俺をよそに、彼女は俺の左手を掴むと倒れた“ウサギのようななにか”のところへと向かう。
いや、チャーミングなウサギの顔にあるあの突起物はなんだか怖い。
『とどめ』
ミミルがどこからともなくナイフを取り出し、俺に手渡す。
言われるがままにナイフを受け取ったが、どうすればいいんだ?
『くび、しんぞう……さす。かご、える』
正直なところ、ヨーロッパ修行では実際に野うさぎを〆て調理することもあったので、そこまで抵抗はないはずだが、この角がとても気になる。
『はやく』
仕方がない……。
右手に持ったナイフで首を引き裂く。
「キュィィ!」
断末魔の叫びと共に“ウサギのようななにか”の首から血が吹き出し、力が抜けていった。
本当ならこれですぐに内臓を取り出して冷やしたりするんだが、思ったほど血が飛び散らない。失敗したか?
「ぐあっ!」
すると、激しい痛みとともに、頭と身体の中へ一気に何かが流れ込んできた。
頭の方は、中を引っ掻き回されるような感覚だ。
耳を塞いでみるが、痛みも、奇妙な感覚も止むことはない。
そして全身が中から燃えるようなそんな感覚でとにかく熱い。
俺にはそれが数分間にも続いているように感じたのだが、ふいに流れ込むのが終わる。
――波操作
最後に頭の中に浮かんだのはそれだけだった。
どういうことだろう?
目の前にいたはずの“ウサギのようななにか”は姿を消していて、そこには小指の先ほどの大きさのガラスのような石と、「ウサギの肉」が落ちていた。
「この肉と石は?」
『いし、ませき。にく、たべる』
彼女は肉をどこかに仕舞うと、石を手にとって俺の手の中に握らせた。






