第2話
――え、子ども?
思わず口にしそうになるが、最初の印象はそのひと言に尽きる。
身長は140cmくらいだろう。
年齢で言えば、小学校5年生くらいか?
フードから覗く1本1本がとても細い銀色の髪。
中央に美しい虹彩をもつ紅い瞳。
長い睫毛に大きな目、ぷくりと膨らんだ涙袋。
つるりとした柔らかそうな白い肌。
少しピンクに染まった頬。
無駄に存在感を主張しないが、とても形のよい鼻。
ふっくらとして表面に艶がある淡いピンクの唇。
それらが小さな頭の小さな顔に絶妙な配置で並んでいて、幼いながらもとても美しい。
いや、もし完璧というものがあるのならこんな顔を指すのかも知れない。
服装はフードがついたローブのようなものを羽織っているが、肩にはなぜか白銀色に輝くツルハシを担いでいる。
ついそのまま見惚れそうになってしまったが、ここは俺の店だ。
その俺の店の庭にこんなに大きな穴を開けるなんて、悪戯にしても度が過ぎる。
これはどういうことだ?
穴を指して思ったとおりの言葉で文句を言おうとして喉元あたりまで言葉が出そうになってしまうが、なんとかそれを飲み込んだ。
これは駄目だ。
周囲を見渡しても保護者らしき人物の姿が見えない。
ツルハシを持っているところ見ると、この穴を開けたのはこの少女の可能性が高いのだが、この細い腕でツルハシを振るってこれだけの穴を開けるなどできようはずもない。
それに、いつのまに店の敷地に入ってきたのかはわからないが、この穴は……。
オレは穴を覗き込む。
真っ暗で底が見えない。なかなか深い穴だ。
やはりこんな穴を少女ひとりで掘るなんて無理がある。
この中には父親か母親がいるのかも知れない。まぁ、穴を掘るのは重労働だから、中にいるのは父親の方だろう。
だが、まともな親が娘とともに他人の土地で許可なく穴を掘るなんてことをするだろうか?
本当にどうなっているのか俺の脳みそでは処理しきれない。
すると少女の方が先に口を開いた。
「カカホダカド?」
なにやら威厳のある力強い声なのだが、何を言っているのかわからない。
語尾が上がってるので、たぶん何か質問をしたのだろう。
当然日本語とは違う、聞いたこともない言語だ。
「オォ……カカホダカド?」
「ごめん、わからない……」
このままでは埒が明かない。
屈んで目線を同じくらいに落として少女に返事をする。
すると、少女は人差し指をおとがいに押しあて、軽く首を傾げてオレの目を見つめた。
やはり凡そ人とは思えないほど美しい顔立ちをしていて、思わず見惚れそうになってしまう。どうみても身体は小学生だというのに、その瞳に宿る不思議な力に吸い寄せられている。
とりあえず知っている外国語という意味で英語とイタリア語、スペイン語で確認しようかとも思ったが、少女がしゃべっている言語は聞いたことがない。俺の知っている外国語では返事を期待できそうもないな。
はて、どうしたものか……。
さすがにこの状況に困り果てた俺は眉を八の字にして小さく溜息を吐くと、まず名前から尋ねることにした。
「俺は高辻将平。キミは?」
「スモワ! ノネワエッチル?」
少女の返事が俺の質問に対応した回答なのかさえもわからない。
これは本格的に困った……。
だが、警察に相談するのもやばいな。
そもそもこの少女はどうみても小学校高学年……5年生くらいだから、街で声をかければ通報されるような相手である。
まず、警察官がやってきて少女と言葉が通じないとなると、「とりあえず署まで……」ということで俺まで連れて行かれることになる。
そして、俺が保護したと主張しても、「少女が拉致された」、「監禁された」と言えばアウトだ。下手すれば「わからない」と言っただけでもアウトかもしれない。
一方、少女の不法侵入や器物損壊は未成年なのでお咎めなしだ。
そして、この街で立つ噂は怖い。
俺がお咎めなしとなって戻ってきたとしても、近所の人からは「えらい災難どしたなぁ……」という労うような言葉が掛けられる。これは、「小学生の女の子相手に如何わしいことしはったのに、どうやって誤魔化しはったん?」という意味だ。
そして、少女を工事中の現場に連れ込んで何か如何わしいことをしようと企んだなどという話で噂が広がり、店に寄りつく人がいなくなる。
幸いにもこの店の中には他に誰もいない。
時間をかけてなんとかコミュニケーションをとれるようにすればいいだろう。
なぜ穴を掘ったのか?
親はいないのか?
最低でもそれくらいまでは聞き出したい。
何せ、庭に大穴を開けられたのだから、それを埋めるためにもそれなりにお金がかかる。
ちゃんと親には責任をとってもらおう。