ミミル視点 第9話
風呂はいい……実にいい!
長い時間を掛けてゆっくりと湯に浸かっていると、身体の芯まで温まる。
それにしても、この風呂桶は変わった素材でできているようだ。表面がとてもツルツルとしているので、大きな石を削ったのかと最初は思ったのだが、そうではないようだ。叩いてみると軽い音がする。
形状もよく考えられていて、身体を伸ばして浮かぶように入ることもできる大きさ。そして、長辺側に段差があるのは両手を置くことができるように考えられているのだろう。
そして湯が冷めてくると、金属でできた蓋がついた場所から熱いお湯がでて最適な温度に整えてくれるようだ。魔素のないこの世界でどうやってこのようなモノを作ったのだろうか……。
風呂から上がると、身体を拭くために渡された布と共に、黒い服が置いてあった。
たぶん、風呂上がりでも私が寛げるように大きめの服を用意してくれたのだろう。
しょーへいは気配りのできる男なのだな。
髪と身体を拭いて、その黒い服を着ると肩に布をかけて風呂場から出る。
狭い廊下の先には扉が見えるので、そちらに向かって歩くとまた靴を履くところがあった。
さきほどまで履いていた靴はダンジョンの出入口側の扉の向こうに置いている。何も履かずに地面を歩けば、また足が汚れてしまう。
どうしよう……。
ふと左側を見ると、扉があった。
そっと扉を開いてみると、また廊下が広がっていて、その先に庭から見た店の内部につながっていた。
先へ進むと、それなりの大きさがある部屋へと出た。
大きな窓からは、外の庭の様子もよく見える。
この景観を壊されれば、家主としては怒るのも不思議ではないな……しょーへいには本当に悪いことをしてしまった。
日が沈み、暗くなった庭を眺めていると、しょーへいがやってきた。
「服を借りたぞ。風呂はとてもいい湯だった――ありがとう」
『ふく、おおきい、にあう』
な、なんだ唐突に。
いきなり褒めても何も出んぞ?
『かみ、かわく』
しょーへいはさっき私が出てきた扉の方に進むと、こちらを向いて「あっちに行けと」と追い払うような仕草をすると、今度は慌てて手招きを始めた。
どっちなんだ?
よくわからないが、その手招きに応じると、また風呂場の方へ連れて行かれた。
すると、今度はドライヤアというもので髪を乾かされた。
熱い風がでるところをみると、火と風の魔法を使った魔道具のようにも見える。
これはエルムヘイムなら貴族が喜んで買いそうだ。
独りでも髪を乾かせるよう、使い方を教わって、途中から自分で乾かした。
洗った髪から花のような香りがして、とても幸せな気分だ。
つぎにトイレの使い方を教わった。
なんと、終わったあとに尻を洗ってくれるというのだ。更には立ち上がるだけで水が流れて、洗浄される。
さすがにしょーへいも実演するわけにもいかないので口頭だけの説明になったが、しょーへいを追い出して使ってみた。
これも魔道具をつくれば貴族に売れそうだ。
もう、簡単にはエルムヘイムには戻れないのは残念だな……。
『よる、ごはん。たべる?』
そういえば、日が暮れてもいるし結構な時間、食べ物を口にしていない。
お腹も減っていたので、何か食べられるのはとても嬉しいぞ。
思わずしょーへいに笑顔をみせてしまったが、この世界の食べ物はどんなものか解らない。
簡単に同じものを食べても良いものか……。
「……たべない」
い、いまはやめておこう。
『ダンジョン、はなし、きく。たべる、いい?』
しょーへいは知らない間にダンジョン入口前から私のブーツを持ってきてくれていた。本当に気が利く男だ。
ブーツを履くと、2階の自室へ案内される。
ベッドとソファーだけの殺風景な部屋だ。
そこで、しょーへいから透明な容器に入った飲み物らしきものを受け取った。
香りを嗅ぐと、冷たいのに爽やかで甘みのある花のような香りがする。
こぷりと音を立て、ひと口だけ口に含んでみると、渋みがあるが、それに負けない旨味と甘味がある。
「冷たい茶は初めてだ」
エルムヘイムでは、沸かした湯を入れて飲む。それをわざわざ冷やすということはしない。
それに、甘い……エルムヘイムでは甘いものは高級品だ。とても贅沢な味で、本当に美味い。
この容器は透明だがガラスでもない……何でできているんだ?
まぁ、鑑定の技能を使ってじっと見たところでこの材料が解るわけもない。鑑定が使えるのは、基本的にダンジョン内の産物のみだからな。
『はなし、つづき』
しょーへいは、そう話すと調理した食べ物をテーブルの上に並べている。
特に、いま容器の上に出した茶色い食べ物はいい香りだ。油の匂いに、さまざまな調味料、香辛料を使っているのだろう――食欲が刺激される。
そこに塩のようなものをパラパラと振りかけると、しょーへいは木の棒でつまんで……口の中にいれおった。
はっ……知らぬ間に乗り出すようにして料理を食べるすがたを見つめてしまっている。
恥ずかしい……だが、この香りを嗅いでいるだけでも腹がへるのに、目の前で食べるところを見るともう口の中によだれが溜まり、音をたてて飲み込んでしまう。
ああ、恥ずかしいが目が離せない
『とり、にく……たべる?』
「……食べたい」