第143話
ミミルに運ばれた岩の上に立ってみると、20畳くらいと思っていたのが実はもっと広いことに気がつく。川岸の方がここよりも高いところにあるので小さく見えていたのだろう。
〈ミミル、テントを張るから荷物を出してもらっていいか?〉
〈ああ、わかった〉
ミミルは快諾すると、野営用の荷物を並べる。
テント、簡易ベッド、シュラフ、ランタン、簡易コンロ等々……次々と並べられていく。
今は不要なものを仕舞うようにお願いして、俺は最初にテントから組み立てにかかる。
小中学生の頃に何度か登山にキャンプに連れて行ってもらったことがあるが、その頃のテントに比べて軽量で簡単に組み立てができるのがありがたい。
ただ、ここは川の流れでも削れないほど硬い岩の上ということもあって、ペグを打ち込むのは難しい。仕方がないので大きめの石を魔法で作り、それでテントを固定していく。
10分程度でテントを組み立てると、次はテントの中に簡易ベッドやシュラフを入れておく。
〈ミミル、焚き火台は必要か?〉
〈あるに越したことはないが、この岩の上ですればいいぞ〉
〈そ、そうか……〉
草原や森の中など、周りに燃えるものが多いなら焚き火台が必要になることもあるかも知れないが、ここは岩の上だからな。でもまぁ、せっかくだし使うことにしよう。
焚き火台を組み立てると、ミミルにお願いして薪になる木材を出してもらい、ライターを使って火を着ける。
椅子に座ってひと息つくと、ミミルが話しかけてくる。
〈ところで夕食だが……どうするのだ?〉
〈どうするとは?〉
〈ここから糸を垂れれば魚も釣れるぞ〉
〈魚かぁ……明け方の方が魚が釣れるとかないのか?〉
基本的に魚を釣りやすいのは明け方の食事時間帯で、昼間や夕方になってから釣り糸を垂れたところでなかなかヒットしないというイメージが俺にはある。
ミミルは不思議そうに首を傾げ、俺の方を見て視線を泳がせる。
〈言われてみれば、明け方の方がよく釣れるような気がする……な〉
〈じゃあ、朝食前に少し釣りをしてみよう。今夜はそうだな……〉
キュリクスの肉、ブルンへスタの肉を大量に入手できたはずだ。
できればブルンヘスタの肉を試してみたいな。
〈ブルンへスタの肉を使って料理するか〉
〈それは楽しみだ!〉
嬉々とした声を上げたミミルの顔にパッと花が咲いた。
◇◆◇
休憩を兼ねて暫く焚き火を眺めていると、ミミルが焚き火の周りを歩き始めた。
どこか落ち着かない様子で、チラリチラリと俺の方へと視線を寄越す。
〈どうした、なにか忘れ物か?〉
〈いや、ブルンへスタの料理がだな……〉
〈腹が減ったのか?〉
〈う、うん……〉
少し恥ずかしそうに俯いてミミルが返事をする。
自分が食いしん坊だと思われそうだとでも思ったのだろうか?
まじめに手遅れなんだが、そのことは……言わないでおこう。
ただ、確かに日が暮れて結構な時間が経っている気がしたのでそろそろ夕食の用意をする方が良さそうだ。
〈じゃ、料理するか。えっと……〉
見回すと簡易コンロは2台並んでいて、既に調理可能な状態になっている。
基本的な食材は買い込んだものをミミルが持っているので、それを出してもらうようにお願いする。
もちろん、ブルンヘスタのヒレ肉を出してもらうのを忘れない。
最初に調理するのはセロリ、ラディッシュ、ニンジン、パプリカ、キュウリ等――単に洗って切っておしまいだ。
イタリアではピンツィモーニオ(Pinzimonio)と呼ぶんだが、スティックサラダという方が日本人には馴染み深いだろう。あとはこれに付けるソースをどうするかで味わいが変わる。
一時流行ったバーニャカウダも、ある意味このピンツィモーニオのソースだと言える。まぁ、さすがにここでバーニャカウダソースを作っている時間はないので、今回はシンプルにニンニクと唐辛子のオイル(Aglio, Olio é Peperoncino)にするとしよう。
小鍋にオリーブオイル、潰したニンニク、種を取った唐辛子を入れ、焚き火台に乗せた網の上に乗せて温める。火力は弱火がいいので、できるだけ焚き火からは離れたところにおいてじっくり火を通しておく。
そして、次はブルンへスタの肉だ。
野菜を触っているときは興味なさそうにしていたミミルだが、俺が肉を取り出すと途端に目を輝かせて見学を始める。
本当に肉が好きだよな……。
ブルンへスタの肉は肌理が細かく、非常に柔らかな肉質をしている。とても美しい赤色をしているが、馬肉のような脂の匂いはしない。
これなら焼いて食べるのも悪くなさそうだが、せっかくの馬に似た性質の肉なんだから、やはり生で食べてみたい。
ブルンへスタの肉を適度な厚みにスライスし、小さく刻むとボウルに入れておく。
次にイタリアンパセリと瓶入りのピクルス、ケイパーを用意し、すべてみじん切りにしてボウルに入れ、ウスターソースとマスタード、レモン汁、オリーブオイル等を加えたら練るように混ぜ合わせる。
最後に皿に盛り付け、中央に卵黄を落として料理は出来上がりだ。