第126話
町家を改造して作った店は、とても間口が広い。
間口の広さで税額が決まっていた時代もあって、この近辺にある町家は間口を狭くしていることが多いのだが、ここはとても立派な店だ。
暗い灰色の土壁、ミルクチョコレートのような色に塗られた木材部分がとても落ち着いた雰囲気を演出している。
その隣にある少し洋風にデザインされた入口からガラスの扉を開いて店内に入ると、すぐにスーツにネクタイ姿のフロアスタッフがやってきて座席を案内してくれる。
白いテーブルクロスを敷いた3人掛けの丸テーブルが並ぶ先には、窓に沿って横並びにテーブルが並んでいる。赤と白のギンガムチェックのテーブルクロス、赤い羅紗を使った椅子はとても柔らかそうだ。
俺はいつもこの席に座っているので、自然とそちらに足が向いた。
「メニューでございます」
その声と共に差し出されたメニューを受け取り、開く。
ふとミミルに視点を向けると、彼女にも同じメニューが配られていて、ミミルはそれを食い入るように見つめている。
どうやらケーキのページを見ているようだ。最後のページから開いてしまったのだとは思うが、メニューに穴が開くのではないかと心配になる。
店員に注文が決まったら声を掛ける旨を伝えると、彼は静かに礼をして下がっていった。
〈おい、朝食なんだからケーキはだめだぞ〉
〈むっ……どうしてだ。同じ食べ物ではないか〉
食べ物という大きな括りで言ってしまえば、アイスクリーム等も朝食にしてしまっていいことになる。スペインやイタリア人の朝食はとにかく血糖値をあげるために甘いものを食べる人が多いが、それでも所謂カフェ・ラテとデニッシュなどの組み合わせが多い。この店でも、クロワッサンをつけるメニューがあるのでそういうものにして欲しいものだ。
〈こっちの料理とかどうだ?〉
〈これは肉か?〉
〈こっちが叩いた肉を型に入れて焼いたもの。こっちは腸詰めだな〉
どうやらミミルはセットメニューとケーキの間で心が揺れ動いているようだ。ページを行ったり来たりして考えている。
〈朝からケーキを食べても大きくなれないぞ?〉
「――!」
ミミルの動きがピタリと止まり、また俯いてしまう。
別に耳まで赤くなったりしていないから怒ったりはしていないのだろうが、プルプルと小刻みに震えている。
〈わかった。この焼いた肉の方にする〉
何やら毅然とした目つきで注文内容を告げるミミルだが、少し大げさだな。たかが朝食ごときにそこまで気合を入れなくてもいいだろうに……。
ただ、ミミルにはこの「大きくなれない」という言葉が効くようだな。ダンジョンに入っている以上、成長が止まるはずなのであまり気にしても仕方がないと思うのだが……。
店員に声を掛けて注文を通すと、庭へと目を向ける。四角い噴水の向こうには若葉が青々と生い茂っていて、今がまだ新緑の季節であることを感じる。
ふとミミルに目を遣ると、その透き通った白い肌が窓から差し込む光を浴びて輝いている。
暫く見惚れていると、ミミルも俺の視線に気がついたのか、俺の方へと視線を向けた。
〈なんだ?〉
〈いや、なんでもない〉
コンタクトで強調されたボルドー色の瞳で見つめられるとドキリとする。
ミミルは少し怪訝そうな表情を俺に向けると、続いて話しかける。
〈ここは不思議な街だな。古いものと新しいもの、自国の文化と他国の文化が混ざり合っている。
この店も、しょーへいの店と比べると雰囲気が全然違う〉
〈そうだな、ここは懐古的な雰囲気。俺の店はどちらかというと現代的な雰囲気だからな〉
〈そうか。そうなのか……〉
建物や家具類は構造や装飾によって時代がはっきりと違うのだが、そういう違いが生まれたのにも時代背景などの理由がある。
それを知らずに理解しようとしても厳しいだろうな。
ただ、あれもこれもとミミルに教え込んだとしてもミミルが大変だ。いまは言葉を覚えることを中心に考えるべきだろう。
「――おまたせいたしました」
スーツ姿の店員さんが料理を運んでくると、ミミルは目を輝かせ、もう待ちきれないといった感じでテーブルに並べられていく料理を追いかけている。
最後に眼前にミートローフの載った皿が置かれると、ミミルのテンションは最高潮に達し、料理と俺を交互に見つめて「食べていいか?」と訴えかけてくる。
俺は態と緩慢な動きをし、両手を顔の前で合わせる。
「いただきます」
俺の行動を見て不思議そうな顔をするミミルだが、すぐに俺の真似をして両手を合わせる。
「いただ、きます」
ちらりと俺の方を見上げる視線には、「これでいいのか?」と問いかけるような言葉が重なっているように見える。
学ぶとは、「まねぶ」とも言うらしいからな。
真似をして覚えてもらうのも大切だ。
〈偉いぞ〉
〈当たり前だ!〉
俺は――どちらかと言うと「いただき、ます」なんだがな――という言葉をオレンジジュースで喉の奥へと流し込み、食事へと集中した。