第122話
空間収納のスキルを身につけるのが「運」だと言われると厳しいな。
幼い頃から何かをくじ引きで決めるときだとか、駄菓子屋で当たりつきのお菓子を買ったときだとか、運が関係することは本当に苦手なんだよな。当たりつきのアイスクリームも当たった記憶が一切ない。
〈極稀にダンジョン内でラウンという黒い鳥が現れる。それを倒せば時空を操る技能を授かることがある。接触することも運。倒して技能を授かるのも運だ〉
〈ミミルは倒したのか?〉
〈そうだ。私の場合は――31回目で覚えたな〉
接敵するのも低確率、ドロップ率も低確率というのは辛いな。
ミミルのことだ、もしかすると物欲センサーが反応したのかもしれないが、倍の確率でも15回。3倍の確率でも10回は接敵して倒さないといけないのは厳しい。
〈10年くらいかかったと思うぞ〉
〈そりゃ厳しいな……〉
〈ラウンそのものは強くもないのだがな……〉
ミミルは遠くを見つめるような視線で思いに耽っている。
10年かけて手に入れたスキルなのだから、思い入れも強いのだろう。
〈そういえば、ここの第2層でも接触する可能性はあるぞ。運がよければ技能を授かれるかも知れんな〉
〈それは楽しみだな〉
このあと第2層の攻略をする中で出会う可能性があるということだよな。
黒い鳥というと、カラスのような感じなのだろうか。
ミミルにダンジョンへ持ち込んでもらう食材、調味料などを調理台の上に並べ終える。
〈これを持ち込みたいんだが、預かってくれるかい?〉
〈問題ない〉
一つずつ、中身を確かめるように食材を収納していく。
恐らく、それらがどのような料理になるのか興味があるんだろうな。すべて似たような食材がエルムへイムやダンジョン内にあるとは思えないからな。
なるべく色んな味付けの料理を出してやると喜んでくれるだろう……これも追加しよう。
〈あと、これもいいか?〉
〈これは……いい香りがするな〉
〈うん、いろんな香辛料が入っているからな〉
〈ふぅん……〉
特製のカレー粉……ではなく、市販品だ。
辛さよりも風味をつける感覚でパスタやトルティージャなどに使うと楽しめる。
ミミルにもいい香りがすると思ってもらえるようだが、辛いものには慣れていないようなので少し心配だな。
さて、これで食材や調味料の準備は完了だ。
フライパンと俎を洗って、コンロまわりの掃除を済ませたらまたダンジョンに戻ることにしよう。
◇◆◇
店の前を原付きのバイクが走っているのが聞こえる。加速したり、止まったりを繰り返しているところを考慮すると、恐らく新聞配達だろう。
ダンジョンから出てきたのが2時くらいだったのだが、いま時計を見ると4時半と表示されている。
「こりゃ中途半端だなぁ……」
溜息混じりの声が漏れる。
第2層は地上時間の6分で1時間が経過する。144分で1日――つまり、約2時間30分ほどで1日が終わる計算だ。
地上に戻って2時間30分が経過しているということは、ダンジョン内はまだ夜中だろうか。きちんと時間がわかればいいのだが、ダンジョン内の時間が正確にわからないのが辛いな。
〈どうした?〉
ミミルが心配そうに声を掛けてきた。
俺が漏らした声の意味を計りかねたのだろうな。
〈いや、いまからダンジョンに戻るとまたあちらは夜中だなと思ってね。だからといって、地上で寝るには中途半端な時間になってしまったなと思ったんだ〉
蛇口を捻ってフライパンや俎を洗いながら話しかける。
正直、ダンジョン内の簡易ベッドでどれくらい眠っていたのかわからない。ミミルは熟睡していたようだが、俺自身はあまり眠れていないのは確かだ。
今日の予定に差し支えが出るかも知れないなら、眠っておくほうがいいと思っているんだが……。
〈ならばダンジョンに戻って眠ればいいだろう。目覚めてから地上で風呂に入ればいろいろと行動しやすいのではないか?〉
〈なるほど……〉
ミミルの言うとおりだ。
今からダンジョンに戻って第2層で6時間眠ったとすると、地上では36分経過しているはず。いまは4時30分なので、戻ってくるのは5時くらいということになる。
そこから風呂に入って身綺麗にしてから朝食を摂れば……って、なんか料理ばかり作ってるな。ラノベとかだと「お姫様の料理人」とかっていう称号がつきそうだ。
ミミルの風呂が終わってから俺が入ると6時半くらいだろうか。
少し散歩して喫茶店でモーニングをいただくというのも悪くはないな。少し歩けば朝7時から営業している老舗の喫茶店があるし、ミミルにもう少し近所の案内をするのも悪くなかろう。
〈じゃあ、一度ダンジョンに戻って寝る。
そのあと、地上で風呂に入ったら少し近所の散歩に行こう。この街がどういうところか知るいい機会になるだろう?〉
〈構わんぞ〉
〈じゃあ、そういうことで……〉
洗い上げたフライパンに残った水を布巾で拭い取り、フックに掛けて吊り下げると、俺はダンジョンに戻るべく厨房の扉を開いて通り庭に向かって歩き出した。