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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第12章 将平の心
165/594

[SS]バレンタイン

バレンタインのスペシャルストーリーです。

一部で京都弁を使用しています。


【文中の京都弁】

 しよし    → しなさい

 ~え     → 強調の接尾語

 ~とーみ   → ~してごらん

 どないしはる → どうする

 してん    → したのだよ

 いけず    → 意地悪

 おおきに   → ありがとう




 衣擦れの音が聞こえる。

 しょーへいが着替えをしているのだろう。もう朝が来たということだ。

 薄らと目を開くと、いつものように長袖のTシャツ、ジーンズと呼ばれる服を着たしょーへいの姿が見える。

 それにしても寒い。この街は盆地という地形にあるそうで、夏は暑く冬は寒い傾向があるところだとしょーへいが言っていたが、年が明けてから本当に寒い日が続いている。いや、日々寒くなっているな。

 こうなるとしょーへいに強請(ねだ)って買ってもらった最高級のマザーグースとやらを使った羽毛布団から一歩も出たくない。(むし)ろ、この羽毛布団で服を作りたいくらいだ。

 そのまま二度寝を決めるべく、目を(つぶ)るとしょーへいから声が掛かる。


〈起きてるんだろ? 準備して下りてくるんだぞ〉

〈ふわぁい……〉


 そうは言っても布団の外は寒い。

 それに昨夜は雷がゴロゴロと鳴ってなかなか寝付けなかったからな、まだまだ眠い。

 いや、ダンジョンの中でたっぷりと寝ているのだが、中途半端に眠ると覚醒するまでに時間がかかるのだ。


 窓に目を向けると、ガラス窓は白く曇っている。

 いや、窓の向こうに見えるのは、風花(かざはな)が舞い、薄らと積もった雪が白く塗りつぶした幻想的な世界だ。


〈雪か?〉

〈そうだ。昨日は雪颪(ゆきおろし)が鳴っていたからな。でも積もるとは思わなかったよ〉


 しょーへいも、この雪には驚いたようだ。

 ベッドの上で羽毛布団を身体に巻き付けるようにして起きあがり、そのまま窓の向こうを眺める。

 これだけ動いただけでも布団から温かい空気が漏れて寒い。

 心做(こころな)しか、頬がヒリヒリと少し痛む気がして、手を出して頬に触れる。


 ――冷たい。


 死体になったような気分だ。

 ここまで冷えているのに、いまから冷たい水で顔を洗わないといけないと思うと憂鬱になる。

 だがそうも言ってられない。

 いま盛大に腹の虫が鳴いたからな……。


 羽毛布団を被ったまま立ち上がると、そのままの格好でブラジャーというものを身につける。(ささ)やか(なが)らも胸の膨らみはある。それに、下着をつけるのが大人の嗜みというものだからな。

 続けて着る服を選ぶ。今日は着ているだけで暖かくなるという魔法の素材を使った肌着に、裏側がふかふかに毛羽立った生地でできたワンピース。この2着なら着替えてしまえばじわじわと暖かくなってくるのでお気に入りだ。

 覚悟を決めて勢いよく脱ぎ去って急いで着替えると、洗面台で顔を洗って歯を磨き、しょーへいが待つ一階へと向かった。


 階段を下りて客席に足を運ぶ。

 薪ストーブと床暖房が共にいい仕事をしていて、とても暖かい。

 ふと視線を移すと、いつものように今日のランチに出す料理の試作品が食卓の上に並べてあった。


「おはよ」


 仕事の邪魔にならないよう、誰もいない客席から小さな声で挨拶すると、扉が開く。


「ミミルちゃん、おはよう!」


 例によってモモチチが厨房から飛び出してきた。

 毎回その大きな胸の双丘に挟んで抱きしめるのをやめて欲しいのだが……押し付けられて口が塞がっている状態では声に出して文句を言うこともできない。

 また軽く魔力を込めてそこから脱出する。


「今日はうちが(こさ)えたんえ」

「――ん」


 今日の朝食はモモチチが作った料理らしい。基本的にパティシエールという役目があるのでモモチチが昼食を作るというのは滅多に無いのだが……。


「モモチチが作る。珍しい」

「いつもお菓子ばっかり作ってるから、気分転換やね」

「ふぅん……」


 私がモモチチから逃げるように椅子に座ると、モモチチは斜め前に立って丁寧にも料理の説明を始める。


「今日はラザーニャ・アル・フォルノ。スープはミネストローネ・ビアンコ――白い野菜スープね。パンはロゼッタ、小皿に入ったオリーブオイルをつけて食べてもええよ」

「手が込んでる」


 この何層にも重ねられたラザーニャとかいう料理は美味そうだが、それだけ手間がかかった料理なのだろう。


「うち、頑張ったんよ。ミミルちゃんに喜んでもらお(おも)て……褒めてくれる?」

「おいしい、褒める。おいしくない、褒めない」

「せやね。まずは食べてもらわんとね」

「いただきます」


 手を合わせてしょーへいに教わった言葉を述べると、最初にミネストローネ・ビアンコが入った器を手元に引き寄せ、右手にスプーンを持ってそこに差し込む。

 とても具だくさんなスープだ。

 見ただけでもジャガイモ、ニンジン、セロリ、玉ねき、キャベツといった野菜、白隠元豆(いんげんまめ)雛豆(ひよこまめ)、赤隠元豆(いんげんまめ)が入っているのがわかる。

 肉類は少し燻製の香りが漂っているので、腸詰(ちょうづめ)でも入っているのだろう。

 溢さないよう、スプーンを運んで口の中へと迎え入れる。


「――美味しい」


 燻製香が口いっぱいに広がると、続いて炒めた玉ねぎの甘い香りや野菜の香りが追いかけてくる。

 独特の爽やかさがある木の皮のような香りは黒胡椒だろう。この香りとひりりとした辛味がスープに力を与えている。

 塩味のスープには腸詰(ちょうづめ)の旨味、野菜の旨味がたっぷり染み出しているし、くたくたになるまで煮込んだキャベツが甘く、角切りにされたジャガイモやニンジン、柔らかく煮上がった隠元豆(いんげんまめ)雛豆(ひよこまめ)がそれぞれに違う食感を楽しませてくれる。


 モモチチが気合を入れて作っただけのことはある。

 なんだか悔しいが、とても美味しいスープだ。


「ふふ、ミミルちゃんの美味しい――いただきましたぁ」

「美味しいは褒め言葉。次は言わない」

「ええっ! もっと褒めてくれてもええんよ?」


 何故か焦るモモチチの言葉を聞き流しつつ、私は次の皿……ラザーニャとかいう食べ物に手を伸ばす。

 白く大きな丸皿に四角い食べ物がでんと載っていて、その後ろには葉野菜のサラダがたっぷりと盛り付けられている。


「これは大きい器に入れて焼いたのを切り出してるんよ。

 チーズに牛肉のラグー、ベシャメルソース、ラザーニャという麺を重ねて容器に入れ、最後にたっぷりのチーズを載せてオーブンで焼いて作るんよ。私も大好きな料理やねん」

「――ふむ」


 よくわからんが、美味しいものを重ねて重ねて、焼いたものということだろう。

 確かに表面を見ると溶けたチーズが覆っていて、オーブンで焼いたことが見て判る。丁寧にも刻んだパセリを散らしてあるので赤、白、緑の3色がとても綺麗だ。


 右手に持っていたスプーンをラザーニャに突き立てる。


 ぐにゃりと焼けた表面が変形すると、私がスプーンを立てる力に負けて裂け目ができる。躊躇(ためら)いなくスプーンを差し込んでいくと、やがて皿の底にまでスプーンの縁が達し、一口大に切り取ることができた。

 断面からは白い湯気が上がっていて、まだ中が熱いことを伺わせる。


 そのままスプーンの壺の部分にラザーニャを載せて口元へ運ぶ。

 チーズの焦げた香り、よく煮込んだラグーの香りが漂ってきて食欲が刺激される。


 ふうふうと息を吹きかけて少し冷まし、大きく口を開いてスプーンごとラザーニャを迎え入れる。


 ぱっと広がる濃厚なチーズの香り、すべてを包み込むような力強いラグーの香り、ほんのりと香るベシャメルソースのクッキーのような甘い香りが広がり、一つになっていく。


「むふっ……」


 口の中を満たしたその香りを楽しむように鼻から出すと、その美味い香りに笑みが(こぼ)れる。

 無意識のうちに下顎が動き出し、上下の歯がラザーニャへと食い込んでいく。

 溶けたチーズの弾力、ラザーニャのむっちりとした食感が歯に伝わると、牛肉と野菜を煮詰めたラグーの旨味、ベシャメルソースの乳脂の甘みが間から漏れ出して口の中を埋め尽くす。チーズが全体の旨味、甘みを引き立ててもう……。


「どう、美味しい?」

「――んまいっ!」


 ラザーニャを食べる私をニコニコと眺めるモモチチの視線がなんだか怖いのだが、このラザーニャには罪がない。

 だから言うべきことは言っておく。


「んまいも褒め言葉」

「それは料理に対する褒め言葉やん。うちへの褒め言葉はあらへんの?」

「料理、お客さんのため、違う?」


 私のためじゃなくて、お客さんのために作った料理なのだから、もったいぶって私のためとか言うのはずるいだろう。ああ、もったいない……このままでは冷めてしまう。

 早く食べねばな。

 再びスプーンをラザーニャに突き立て、口いっぱいに頬張る。


 うん、やはりうまいっ。


「一旦厨房に入ってしもたらお客さんの顔とか見えへんし……身内で1番食べて欲しい人を思い浮かべて作るだけなんよ」


 私の質問に対して、モモチチは少し目線を落として返事をした。

 すまん、そんな悲しそうな声で話すとは思っていなかったぞ。何となく気まずく感じて私も視線を下に向け、皿の上に載ったラザニアへと戻す。

 まあ、モモチチの気持ちは理解したが、いまは話せない。口いっぱいにラザーニャを頬張ってるからな。


 皿の上から視線を動かし、モモチチの方へを顔を向けると先程の声音とは違い、何やら楽しそうに微笑んでいる。

 声音と全然違う笑顔を見せられると、どうしていいのか判らないじゃないか。


 そのまま咀嚼(そしゃく)を続けていると、モモチチが話を続ける。


「そういえば、ミミルちゃんは明日のバレンタインデー、どないしはるん?」


 バレンタインデーだと? なんだそれは?


 聞いたことがないものだ。思わずぼんやりとモモチチの目を見つめて(しば)し固まってしまった。

 いかん、何かの術でも掛けられるとヤバいことになりそうだ。ここは直接……。


「バレンタインデー?」

「うん。好きな人や普段お世話になっている人たちにチョコレートやプレゼントをあげる日ぃ……かな」


 ふむ……好きな人やお世話になっている人か。

 私の場合はしょーへい、裏ちゃん、恋茉(こまち)、翼と……。


「なぁなぁ、わたしは?」


 指を折って人数を数えていると、4本目になったところでモモチチが声を掛けてきた。くそう、野生の勘で自分が入っていないことに気がついたのだな。

 仕方がないので指をすべて握ってみせる。


「なんか嫌な予感がしてん。ミミルちゃんいけずやし……」


 いい大人が拗ねたような顔をするな。

 おまえは無駄に脂肪を溜めた胸元だけを武器にすればいい。


 モモチチは静かに私の背後へと移動すると、また今度は2つの乳房を私の頭に載せてきた。

 そのあまりの重さに私は振り払おうとするのだが、両手でがっちりと身体を抑え込まれてしまっている。


 こいつめ、こんなにも重いものをぶら下げているのか。

 やはり大きいというのは必ずしも良いことではないようだな。


「そないにいけずばっかりゆーてたら、手作りチョコレートの作り方……教えたげへんえ」


 チョコレートとは、あの甘くてほろ苦い食べ物だ。

 板状になったものや、他のお菓子に塗ったもの、練り込んだものがあったはずだ。しょーへいがビスコッティとかいうものも作っていたが、そこにも入っていた。


 そのチョコレートを手作りするのか?

 それ以前に、ずっと後ろから抱きつかれたままだと食事もできないではないか。


「食べられない」

「あ、ごめんね」


 あの重さは首に悪いぞ。


「どんなチョコ、つくる?」

「ちょい、待っとって」


 モモチチは慌てて事務所のある2階へと走っていった。

 事務所か更衣室に作ろうとするものが置いてあるのだろう。


 この(すき)に料理を食べてしまおう。

 確かこのパンはロゼッタとか言っていたな……。


 手でちぎると中は空洞になっている。私の握りこぶしよりも大きなパンだが、これなら2個くらいは平気で食べられる。

 そうだ。このパンでこのラザーニャとやらを掬って口に入れると……。


 おおっ……パンから香る小麦の香り加わるだけでも変わるものだな。それに、パンが壁になってラザーニャが口の中ですぐに潰れないから食感も変わる。こうやって食べるのも美味い。

 こちらのミネストローネというスープの具を掬って食べるのもいいな。実に美味い。


 パクパクと食べ進めていると、モモチチが戻ってきた。


「ミミルちゃん、こんなチョコレートとかどう? 定番のトリュフチョコレート」


 モモチチが黒い箱を開けると、中には何やらゴツゴツとした動物の……いや、地中で採れる松露のような形をしたものが並んでいる。


「モモチチはそれを作るのか?」

「ううん、うちはプロやさかい、こっちね」


 次に取り出したのは空色の箱だ。茶色いリボンを解くと色鮮やかに絵や模様が描かれた四角いものがずらりと並んでいる。


「こっちはボンボンショコラ。作るんが手間やし、こないな手の込んだ絵柄はできひんけどね」

「食べていい?」


 どんな味がするのかわからないからな。まずは食べてみて判断したい。


「あかんえ。ちゃんとごはん食べてからにしよし」

「――ん」


 モモチチの言うことも(もっと)もだ。まずはモモチチが作ったこの料理をいただくことにしよう。

 だが、モモチチはちゃんとトリュフチョコレートをひとつ、ボンボンショコラをひとつ、紙の上に置いてくれた。


「それでね、今日は恋茉(こまち)ちゃんと、翼ちゃんも一緒にチョコレート作りしよかって話になってるんやけど……ミミルちゃんもどない?」


 どうせ私はしょーへいの仕事が終わるまでは暇だ。またダンジョンに潜ろうかと思っていたが、いい暇つぶしになりそうだ。

 それに、この地球で生きている以上、風習を知らずに暮らしていくのは難しいだろう。バレンタインデーという行事を知るいい機会だ。


「わたしも参加する」

「やったー! じゃ、ランチタイムが終わってから厨房でね。チョコレートはごはんを食べてからね」

「うんっ」


 モモチチは手をひらひらと振って、また2階へと上がっていった。チョコレートを仕舞ってから、また厨房で仕事をするのだろう。


 5分ほどで食事を済ませると、モモチチが置いていったチョコレートを口の中に放り込む。

 確か、こちらはトリュフチョコレートとか言っていたな。

 表面に薄らと粉が振られていているせいか、口の中にココアのような香りが広がり、表面がゆるゆると溶け始める。

 そこに歯を立てると、内側から酒精を含んだ甘い香りが立ち(のぼ)り、トロリと中身が溶け出してきた。


〈美味い!〉


 塗されたココアの粉には甘みが無いが、中身を覆っているチョコレートは噛んでいる間にじっくりと溶けていき、中心にある特に甘いチョコレートは舌に触れるとトロリ溶けて無くなっていく。そして、トリュフチョコレートは香りの余韻を残して消えてなくなった。


 次に、もう一つのチョコレート――ボンボンショコラを手に取る。黄色い背景に、赤い服を着た女性の絵が描かれている。

 いったいどうやってこんな絵を描いたのだろう。

 考えながら口の中へと迎え入れ、歯を立てる。

 ぽこりと表面が割れると中から甘く柔らかいチョコレートが溢れ出す。一気に広がるのはチョコレートではなく、バナナの香り。そこにチョコレートが溶け広がり、フルーティな香りがバナナの香りと絡み合う。


〈こっちも美味い!〉


 バナナの自然で優しい甘さが舌に広がり、上質なカカオの苦味、渋みが全体をまとめ上げていて実に美味い。

 何よりも酒精を感じるのが嬉しいな。


 モモチチに教われば私もこんなに美味しいチョコレートを作ることができるというのか。

 楽しみになってきたぞ。


   ◇◆◇


 店のランチライムというのが終わり、翼が私を呼びに来た。

 そういえば、恋茉(こまち)と翼もチョコレートづくりを学ぶと言っていた。


〝バレンタインデーは好きな人や、普段から世話になっている人にチョコレートやプレゼントを渡す日〟


 モモチチはそう言っていたが、2人は誰に渡すつもりなんだろうか?


恋茉(こまち)、誰にプレゼントする?」

「え、お父はん。あとは友だち……みんな女の子」

「翼は?」

「お父さんと、弟。あとは友だちだよ。私も全員女子!」


 そういえばこの2人、学校へ行っているとき以外はこの店で働いている。地球人では年頃な年齢だとしょーへいが言っていたはずだが、それでいいのだろうか。


「彼氏とかいたはったら、今日はここで働いてへんえ」

「そうそう」


 大学は違えど同じ学年ということもあり、恋茉(こまち)と翼は仲がいい。

 いまも2人でケラケラと笑っている。


 2人の様子を羨ましそうに見つめ、とろんとした目でこちらに視線を移すのはモモチチだ。


「うちには()いてくれへんの?」

「モモチチは誰にプレゼント?」


 仕方がないので訊いてやることにする。ここで仲間外れにするとまた(すね)そうだからな。


「家族全員に一つずつ。他は常連さんの分……くらいかな」

「ふぅん……」


 みんな男っ気のない生活をしているようだ。それでいいのかとも思うのだが、実際のところは違ったりするのだろう。

 何やら本音を言わない……というのがこの街の住民にとっての美徳とされているらしいからな。ここで作る手作りチョコレートが本命に渡るのかも知れない。


「ほな、トリュフチョコレート作り始めるえ」

「「はーい」」


 モモチチは作業台に材料らしきものを並べ、説明を始めた。

 今回はエクアドル産のクリオロ種とかいうカカオを使ったチョコレートだそうで、前工程は全部モモチチが済ませているらしい。

 実際に店で出すチョコレート菓子も全部モモチチがやっているので、その過程で余ったもの……なのだろう。


 途中、湯煎して溶かしたチョコレートと生クリームを混ぜる作業などがあるが、見た目が子どもな私には重労働だと思ったのだろう……すべてモモチチ、恋茉(こまち)、翼の3人が交代でやってくれた。

 いまは、一度冷やしたガナッシュとかいうチョコレートを()()り回し、丸く整形している。最後にまたチョコレートで覆ってからココアや粉砂糖を塗して出来あがりだ。


 恋茉(こまち)と翼はこの()()り回す作業が楽しいらしく、キャッキャと楽しそうに作業している。


「ねぇねぇ、泥団子思い出さない?」

「そうやねぇ……近所の公園とかでよぉ作って遊んだん思い出すわぁ。ミミルちゃんは泥団子作って遊んだん?」

「ない……」


 食べられない泥で団子を作って何が楽しいというのだ。

 エルムへイムの子どもたちの遊びといえば、かくれんぼに、闇エルム()ごっこ、布で石を巻いて飛ばす石投げ(スリング)、川や海に潜って魚突きだ。

 それよりも小さな子どもは、家の中で積み木などで遊ぶのが一般的だな。


「うちらが子どもの頃って、公園の砂場で遊んでたからかなぁ」

「国によってはそんな設備がないところもあるからね」


 恋茉(こまち)と翼が何やら話をしているが、街を出れば草原や森があるところにいると公園など必要ないのだ。

 だが、裏ちゃん以外の従業員は私の素性を知らんからな……余計なことを話さないようにするためにも、お国柄の違いで済ませてしまえるならそれでよしとしよう。


 そんな話をしている間に、トリュフチョコレートはどんどん出来上がっていく。

 シャンパン、バナナ、オレンジ、イチゴ、抹茶。

 イチゴと抹茶は白いチョコレートを使ったもので、モモチチが作ってくれたものだ。


 出来上がったトリュフチョコレートは中身の味付け別に並べ、箱に入れてリボンを巻く。

 この作業はほとんど翼がやってくれた。リボンの結び方は簡単なはずなのだが、私がやると何故か歪むのだ。


「はい、ミミルちゃんの分ね」

「ありがとう」


 全種類が入っていても小さな箱だ。だが、みんなで力を合わせて作った力作だ。

 そして残ったチョコレートを使って試食会が始まった。

 どれも美味しかった。モモチチに貰った黒箱入りのチョコレートに勝るとも劣らない出来だったといえよう。

 残念なのは大きさが区区(まちまち)だったことだ。特にバナナ味のトリュフチョコレートは目も当てられない状況だ。


 残念ながらそれを作ったのは私なのだがな……。


 仕方がないだろう。わたしの手は小さいのだ。


 ところで一つわからないことがある。


「モモチチ、これどうすればいい?」

「そうやねぇ、明日の営業が終わったらミミルちゃんからオーナーに渡してくれる?」

「ん、わかった」


 裏ちゃんにはモモチチから渡してくれるのだろう。

 私からモモチチや恋茉(こまち)と翼に渡すものはどうしよう……。


「みんなに渡す分は……」

「それぞれが作って交換したし、いらんよ」

「うん。ミミルちゃんが作ったバナナ味貰ったもん」

「そやから、これね。ミミルちゃんの分。うちと恋茉(こまち)と翼……三人からプレゼントな」


 差し出されたのは私が作ったしょーへいに渡す箱よりも一回り大きな箱。恐らく、先程作ったトリュフチョコレートが2個ずつ入っているのだろう。

 なんだか私だけ大きなものを貰ってしまったのだが、いいのだろうか。確かに私はよく食べると思われているようだし、まだ子どもで育ち盛りだと思われているみたいだが……。


「え、ありがとう」

「いえいえ、うちこそおおきに」

「どういたしまして」

「うちの方こそおおきに」


 有無を言わせぬ雰囲気に圧され、受け取ることになってしまった。ダンジョン内のおやつにさせてもらおう。


   ◇◆◇


 一夜が明け、その日の営業も終わった。

 このバレンタインデーというのは若い男女には大事なイベント事だそうで、おしゃれなレストランで食事をした時に女性からプレゼントを渡す風習があるらしい。

 しょーへいの店は人気があるそうで、今日のバレンタインデー当日だけでなく、前後の数日は予約が多数入っていたという。


「お疲れさま!」

「お疲れさまです」


 客席側の後片付けを見ていると、しょーへいと裏ちゃんが厨房から出てきた。

 もちろん、2人の挨拶に対してモモチチと恋茉(こまち)、翼が「お疲れさまです」と返事をする。


 丁度いい頃合いだろう。


「しょーへい、いつもありがとう」


 声を掛け、隠し持っていた4人の手作りチョコレートを渡す。

 世話になっている人に対してチョコレートをプレゼントするのだ。掛ける言葉はこれでいいだろう。


「お、ありがとう」


 厨房で働き詰めだったしょーへいは少し疲れたような顔をしていたが、破顔して私からのプレゼントを受け取ってくれた。


〈モモチチ、恋茉(こまち)、翼、私の4人の手作りだぞ〉

「おお、みんなありがとう!」


 しょーへいは女性陣、一人ひとりに小さく頭を下げて礼を述べる。


「みんな、ありがとう」


 同じようにモモチチから裏ちゃんがチョコを受け取り、皆に向かって礼を言っている。

 ちょっと恥ずかしさと嬉しさが混ざったような笑顔だ。


「オーナーだけ貰えて、ボクだけ貰われへんかったらどないしよとドキドキしてましてん」

「うちら、そんないけずちゃいますえ」

「でも、前の職場で義理チョコが貰われへんかったら娘にえらい心配されましてん」


 その場に笑いが起こる。


「俺からもプレゼントがあるからちょっと待っててくれるか?」


 しょーへいは慌てて2階へと向かい、階段を駆け上っていくと、すぐに荷物を持って下りてきた。

 手に持っているのは、モモチチが私に試食させてくれた青い箱のチョコレートと同じ、青地の紙に茶色の紐がついた紙袋だ。


「既製品で悪いが……」


 そう言いながら、モモチチ、恋茉(こまち)、翼の順に手渡していく。

 特に恋茉(こまち)、翼は嬉しそうに受け取り、中身を見せあっている。本当に仲良しだ。


「それとミミルは……ちょっと目をつぶってくれるか?」

「ん?」


 ガサゴソという音が聞こえると、私の腕を持って何かを着せようとしているようだ。


「オッケーと言うまで目を開けるなよ」

「――ん」


 何を着せられているのか少し不安だが、服をプレゼントしてくれるのなら危険はあるまい。身を預けることにしよう。


「わぁ、かいらしいわぁ!」

「すごいかわいい!」

「ほんま、かわいらしわぁ!」

「ほっほー! なんやこの生き物……可愛すぎますやん」


 女性陣から声が上がり、裏ちゃんの変な声が聞こえる。

 そんな声をあげられると、どんな服を着せられたのか心配になるではないか。

 最後にポフンと布が頭に掛けられた。フードがついているんだな。


「オッケー! 目、開けていいぞ」


 しょーへいの声を聞いて目を開ける。

 全身がピンク色、袖だけは白くなっている。手で触ってみると、とてもふかふかとした生地で出来ていて、着ているだけでポカポカと暖かくなってくる。


「――これは?」

「着る毛布だよ。ミミルは寒がりだから、部屋着にいいと思ってね」

「う、うん。とても暖かい。肌触りもいい」

「だろう?」


 プレゼントした側のしょーへいも満足しているようだ。

 どれ、庭側のガラスに全身が映るはずだ。


 ガラスの方へと身体を向けると、そこにはピンクの恐竜がいた。

 フードの部分には(つぶら)な黒い目、白いツノ。背中に生えた白い三角形の飾り。これは恐竜を模したデザインになっているのだ。


 やばい、自分で言うのもなんだが……可愛い。


 だが、少し恥ずかしいぞ。


 おや、前にはポケットがついているようだ。手を入れてみると……なにか入っている。

 そっと中身を取り出してみると、モモチチが昨日持っていた茶色のリボンがついた箱が入っていた。


「チョコレート付きだ」

「ありがとう!」


 裏ちゃんやモモチチたちが温かい目で見守る中、私はしょーへいに抱きついた。


なお、着替え用として

 ・キツネ

 ・ウサギ

 ・カワウソ

 ・パンダ

この四種類もあとからプレゼントされ、皆の前で着せかえ人形にされたとか……。


   ★


【登場するチョコレート】

 黒地の箱はゴ◯ィバ。実際の商品は黒地の箱に金のラベル。リボンは青紫色です。

 青色の箱はマリ◯ル。京都でも物語の舞台となっている場所近くに本店があります。


【カカオの種類】

 チョコレートの原料となるカカオには、クリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種があります。

 クリオロ種は病害虫に弱く希少品種なのですが、フルーティな香りがします。マリ◯ルはこのクリオロ種を使っています。



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