第120話
フライパンの素材にある程度火が通ったところで塩コショウで味付けをし、弱火にして蓋をする。
手持ち無沙汰な俺は、腕を組んで調理台に腰を預ける。
「ミミルに出会ってまだ地球時間では5日しか経過していないんだよなぁ……」
ダンジョンで一緒に過ごす時間が増えているせいか、地上の1日がもの凄く長く感じる。ダンジョン内の時間の流れが違うせいなので仕方がないのだが、とても濃い5日間になっているよな。
だが、10日後にはとうとう開店を迎えることになる。
今後、少しずつミミルの相手をする時間がとれなくなるだろう。ミミルも大人だから理解してくれると思うが、それまでに使える時間はできるだけミミル優先ということにしよう。
蓋をとって竹串をジャガイモに突き刺す。スッと入って突き抜けたなら完成だ。一度、皿の上にキッチンペーパーを敷き、そこにフライパンの中身を広げる。余計な油を吸わせたら、別の皿に盛り付けて刻んだパセリを散らして出来上がりだ。
とても簡単、だけど美味しい「パタタ・ア・ロ・ポブレ(貧乏人の芋)」の出来上がりだ。
味見がてら、ひと切れだけジャガイモを摘んで口に入れる。
ニンニクの食欲を唆る香り、タマネギの甘い香りを吸ったオリーブオイルをたっぷり吸い込んだジャガイモがほろりと崩れ、舌の上でしっとりと解けて溶けてていく。
「――うん、うまいな」
〈なにをしている?〉
突然背後から声を掛けられ、驚いてビクリとしてしまった。
振り返ると料理を受け渡しするためのカウンターのところからミミルが覗き込んでいる。
〈なにをしているのかと聞いているのだが?〉
黙って置いてきたことに怒っているのだろうか。ミミルの目が少し釣り上がっているように見える。
〈食事の用意をしていただけだ。弁当やおにぎりばかりじゃ飽きるだろう?〉
〈むぅ……確かに〉
今度は口を尖らせて話したところを見ると、少し不貞腐れているようだ。
やはりコロコロと表情が変わるのを見ていると飽きない。
〈なにをニヤニヤしている。料理はできたのか?〉
〈ああ、一品だけだけどな〉
ミミルが上がってくるのなら他の料理も考えればよかったな。
でも、キュリクスやツノウサギの肉はミミルの空間収納の中だから、もしミミルが地上に来なかったら作れないのか。
そういえば、このパタタ・ア・ロ・ポブレはウサギ肉の煮込みによく合うんだよな。
〈あとはこっちの煮込みだな。2品できたことになる〉
〈それで充分だろう。またここで食べるのか?〉
〈そうだな、ここで食べることにしよう〉
ツノウサギの煮込みが入った鍋に火を付けると、パタタ・ア・ロ・ポブレを二等分しておく。
比較的大きめの鍋を使って煮込んでいるので、温め直すのにも時間がかかってしまう。
〈少し時間がかかるぞ〉
〈そうか、ならば……〉
ミミルが退席した。
恐らくトイレにお籠りになるんだろう。
俺はミミルが戻ってくるまでの間にできることをするとしたいところだが……地上時間での朝食、昼食の準備でいいだろう。
さて、米を使った料理にするなら、パエリア(Paella)やアロス・カルドソ(Arroz Cardozo)、リゾット(Risotto)などがある。これらはその場で作り上げていくものばかりだ。
作りおきできるのは小麦を使ったもの――パスタ生地やピザ生地がいいが、ピザ窯は店にしかない。
キャンプ用品が届いたらダンジョン内でも調理できるようになるので、パスタ生地の作り置きがよさそうだ。
前回同様、強力粉を計量して麺打ち台の上に広げ、鶏卵、塩を混ぜて練り上げていく。前回は200g作ったのだが、今回は多め……500gを2回打つことにする。合計、1Kgの生麺が出来上がるが、冷凍庫に入れてしまえば5日くらいなら美味しく保存できるし、ミミルの空間収納なら永久保存もできる。
漸く1つ目の生地を丸めた頃、ミミルが戻ってきた。
もちろん、ツノウサギの煮込みはしっかりと温まっているし、パタタ・ア・ロ・ポブレは電子レンジで温めればいい。俺の持つ波操作スキルで温めるのもできると思うが、加減がわからん。
皿に盛り付けてあるパタタ・ア・ロ・ポブレを電子レンジで温め、隣にツノウサギの煮込みを装ってミミルに差し出す。
〈食べる前に聞いておこう。今日の予定は?〉
〈今日の予定は……客席のテーブルや椅子の搬入設置がある。あとは今日買ったものの配達だな。昼食前には終わるだろう〉
いよいよ客席の方も飲食店らしくなってくるということだ。
〈では午後はダンジョン第2層を攻略してしまおう〉
〈おう、いいぞ。問題ない〉
ミミルはニヤリとした笑みをつくる。
〈第2層の攻略には最短でも5日は必要だ。準備しておくように〉
〈あ、うん……〉
まぁ、簡易コンロもやってくることだし、現地で食材も手に入る。
搬入している間にでも麺類などを作っておけばいいだろう。あとはパンをまとめ買いしておけば、食べ物はなんとかなりそうだな。