第118話
ミミルの言うとおりだ。
DNAの検査だけなら血縁者判定をするためのサービスがあるはずだ。確か、医者が口の中の粘膜を採取して検査してくれるというものだったと思う。
だが、結果として「DNAが検出されませんでした」と返事がくるだけならいいのだが、未知のDNAが発見されたとか、数が多かったなんてことで騒ぎになると困る。いや、医者の手で口腔粘膜などを採取して検査に出すとなると、DNAが発見されなかった場合でも騒ぎになるぞ。
どちらにしても政府が出張ってくるパターンなのは間違いない。
結果的にミミルは政府の人間に連れて行かれることになるんだろうな。そして、事情聴取された俺も魔法が使えることが判明し、同じように検査だなんだと入院させられ、店をオープンする前に閉店が決まってしまう……。
そんなことを考え、検査器械に繋がれているミミルの姿を想像するだけで酷く嫌な気分になってくる。絶対にそんな状況にならないよう、避けて進むようにミミルを導くのが俺の役目だ。
ミミルの前にそっと膝をついて視線の高さを合わせると、落ち着いた声音で話しかける。
〈そのとおりだ。DNAを発見する方法があるなら、その方法を用いればいい。でも、そのためにいろいろと俺たち――俺も、ミミルも犠牲にしなければならないことがあるんだ〉
その犠牲を出さないためには、余計な検査などしないほうがいいということだ。わかってくれるかな。
〈なるほど、そういうことなら仕様がないな〉
〈いいのか?〉
〈しょーへいに何かを犠牲にさせてまで知るべきことでもないだろう?〉
なんだか慈愛に満ちた優しい目でミミルが俺のことを見つめている。
顔は子どもだというのに、こういう表情もできるんだな。
〈妙に狼狽えていたからな。無理に調べるとしょーへいに迷惑を掛けることになることくらい察している〉
〈あ、ありがとう〉
まずは胸を撫で下ろす。
いろいろと考えながら話をしたせいで、俺が説明するために頭を働かせていることにミミルは気づいたのだろう。
とにかく、地球人とエルムの間で子どもをつくることは高い確率で不可能だということは認識してくれたと思う。いや、認識していなくてもいいから、もう「試してみないとわからない」とか言うのはやめてもらいたい。
マジで心臓に悪いからな。
〈話は戻るが、ルマン人はこのチキュウに住んでいた人たちだということ。俺たちニホン人はルマン人とは違う種族だということを理解してくれればいい〉
〈ああ、そこは大丈夫だ。ルマン人は大きなイヌで、ニホン人は小さなイヌという感じだと思えばいいのだろう?〉
〈ま、まぁ……そうだな〉
地球の場合、種族の違いというのはその程度でしかない。
一方、エルムへイムではエルム、ルマン人、猫人族のように明らかに違う世界から連れてこられた人たちを「種族」として区別しているようだ。
まぁ、地球からエルムへイムに移り住んだのがルマン人だけなのなら、そういう区分になるのも仕方がないだろう。
さて、ルマン人というのが地球から移り住んだ人たちだとして、疑問点は2つ残っている。
ひとつは、なぜノルマン人、ゲルマン人がルマン人と呼ばれているのかということ。これはミミルもわからないと言っていた。
もうひとつは、エルムであるミミルたちが地球上ではエルフだとか、アールヴなどと呼ばれているのかということだ。これはまだ確認できていないが……。
〈ところで、アールヴという言葉に聞き覚えはあるかい?〉
〈アールヴというのは、第一層の出口に書かれていたイグナールが治めていた地に住む者たちだ〉
あれ、俺はアールヴヘイムとエルムへイムが同じ場所を指していると思っていたんだが違うのか?
俺の目を見つめていたミミルは僅かに視線を逸すと、そのまま視線を宙に泳がせる。
何か考えているようだ。
〈第一層の出口以外にアールヴというのは出てこないのか?〉
〈いや……〉
ミミルは視線を落として俺の目を見つめる。
今度はその目に迷いのようなものはない。
〈他にも登場するのだが、それは自分の目で確かめて欲しい〉
〈そう言われても、俺は文字が読めないぞ〉
〈読み上げるくらいなら付き合ってやる。ただ、その場に自分の足で立て。私に全部教えられても楽しくないだろうが〉
なるほど、ミミルの言うとおりだ。
せっかくダンジョンに挑戦しているんだから、一つひとつのフロアを踏破し、自分の目で見た方が楽しいに決まってる。
他にもいろんな謎がありそうな気がするし、自分の足で歩いて謎解きするのも楽しそうだ。
〈そうだな!〉
立ち上がって大きな声でミミルの言葉に同意を示すと、ダンジョンに初めて入るときに感じた、あの胸踊るような感覚が湧き上がってくる。
なんだか興奮して、やる気が満ちてきた気がするぞ。
そのせいか、つい階段下にまで駆け寄って空を見上げてしまった。こんなにもやる気に満ちている時に限ってとっぷりと日が暮れている。もう、真っ暗だ。
振り返るとミミルが俺の方を見て何やらニヤニヤと笑っていた。