第113話
地上とは時間の流れが違うダンジョンで過ごす以上、12個のケーキを2、3日で食べきってしまうというのも想定内だ。
このまま何度も買いに行くようだとお金がいくらあっても足りない。
あと5日もすればパティシエールとして雇った女性がやってくるので、それまでの辛抱だな。
さて、おやつのケーキも無いのは残念だが、言葉が通じずにカタコトの念話で聞いた話の確認を始めるとしよう。
〈ミミル、最初の日に聞いた話をもう一度してもらってもいいか?〉
〈せっかく言葉が通じるようになったのだからな。それもよかろう〉
ミミルは最初の日に俺に話した内容を思い出すように話し始めた。
◇◆◇
ミミルが店の裏庭に穴を開けた日に説明された内容はかなり簡素化された内容だったらしい。
今回の説明は内容が濃い。
例えば、最初の説明ではミミルがいた世界のことを「別の宇宙にある星」としか説明されなかったが、今回は「エルムヘイム」と具体的に星の名前を入れて説明してくれた。
他にも、フィオニスタ王国という国の名前、王都フィオンヘイムや周辺都市の名前なども登場し、話が具体的になっている。
また、ミミルを含むエルムヘイム人に対抗する勢力――イオニス帝国の話なども前回よりも細かく説明されている。
そこで、さっきは食事で中断してしまった「知りたかったこと」を訊ねることにした。
〈資源が枯渇しそうになった昔のエルムヘイム人がダンジョンを利用して異なる宇宙に存在する星に接続し、そこの住民を連れてきたという話があったよな?〉
〈そうだ。エルムヘイム人以外にも様々な種族となって定着している〉
〈その頃、このチキュウもエルムヘイムと繋がったりしたんじゃないのか?〉
〈ふむ……〉
ミミルは両腕を組み、俺の目を見つめて考え込んでいる。
〈ちょっと立ってくれ〉
ミミルに促されるまま立ち上がると、ミミルもゆっくり歩きながら俺のことを観察し始める。
俺の服を縫ってくれたくらいだからわかっているはずなんだが……。
一頻り観察したあと、首を傾げてまた見つめてくる。
〈そうだな。やはり巨人族か、ルマン人に近い気がする。この2つの種族に聞き覚えはないか?〉
体格的に見てということだろうが、身長約180cmの俺が巨人族ということはないだろう。日本人全体の平均身長より高いが、それでも欧米人と比べると平均的なはずだ。
もう1つの……ルマン人か。ゲルマン民族大移動なんて世界史で習ったことがあるが似た名称だな。
よし、これはまた図鑑に登場してもらおう。
〈少し確かめたいから、図鑑を出してくれるか?〉
〈ああ、問題ない。ほれ……〉
ミミルは素早く図鑑を出すと、こちらに突き出す。
結構な厚みがあるし、様々なことを網羅的に書いている図鑑なので載っているといいんだが……。
人間に関係することについて書かれたページを開くと、民族についても記述があるのを見つけた。
〈あった。ゲルマン民族、ノルマン民族がいる。ノルマン民族というのは、ゲルマン民族の中でも特に北方に住んでいた人達のことらしい〉
〈そのノルマン民族やゲルマン民族の者たちの特徴は?〉
〈そうだなぁ……一般的には色素の薄い髪、肌色が特徴だろうな。身長も俺より高い人が多いという印象があるな〉
そこまで話すと、ミミルはいつものポーズをとる。
エルムヘイムにいる巨人族やルマン人の特徴に照らし合わせているんだろう。
ミミルが考え事をしている間に視線を落とし、図鑑に目を向ける。
〝ゲルマン民族はインド・ヨーロッパ語族ゲルマン言派に属する言語を用いていた人々で、デンマーク人、スウェーデン人、ノルウェー人、アイスランド人、アングロ・サクソン人、オランダ人、ドイツ人などの祖先となった――〟
かなり広範囲に広がってるじゃないか。
――ん?
そういえば、エルフのことを調べた時に書かれていたことって確か――〝エルフはゲルマン神話に起源を持ち……〟と書かれていたはずだ。
決定的な証拠はない。
だが、俺の中では話が繋がり、もう確信になったと言ってもいい。
〈ミミル、どうやらエルムヘイムとチキュウは繋がっていたようだ。
地球のゲルマン民族にエルフという美しい妖精の話が出てくる。それがミミル達の先祖だろう。
その先祖たちがゲルマン民族の人達をエルムヘイムに連れて行ったんだと思う〉
〈証拠はあるのか?〉
〈証拠……〉
残念ながら証拠と言えるものはない。
エルムヘイムと地球の繋がりを示すことができるようなものがあればいいのだが……。
腕を組んで考えてみたところで、物理的に証明できるものがなければ証拠とは言えないだろう。
例えば、実際に北欧出身の人をミミルに会わせてみるとか……それが証拠になるだろうか?
何気なくミミルが作ってくれたズボンのポケットに手を突っ込んで考える。
〈なんだこれ?〉
久しぶりに手を入れたお尻側のポケットで手に触れたのは、薄く四角い板状のものだ。
指で摘んでポケットから出して確認すると、鈍色をした名刺サイズのカードだった。