第112話
ゴールドホーンのツノは非常に重い。本当の金で出来ているのではないかと思ってしまうほどだ。
以前、カミツキネズミを倒した時に砂金がドロップしたことを思い出すと、案外間違いではないのかもしれないぞ。
〈ミミル、このツノには金が含まれているのか?〉
〈残念だが……〉
〈あ、うん。知ってた……〉
別に金銭的に困っているわけではないが、ミミルがやってきてから想定外の出費も増えているので、ダンジョン産のものは「資金になるといいな……」という程度の希望しか持っていない。
だいたい、金だったとしても入手経路が曖昧なものを簡単に売ってしまっていいのかどうか、俺にはわからないからな。
あまり期待しないことにしよう。
〈入手したものは私が預かっておくぞ〉
〈ああ、頼むよ〉
俺の返事を聞いて、ミミルがドロップ品を空間収納へと仕舞っていく。ゴールドホーンのツノは特に重いので持ち運ぶなど無理があるし、ドロップした肉も空間収納なら時間経過しないので安心して仕舞っておけるからな。
〈ありがとう〉
〈気にするな〉
ドロップアイテムがすべて収納されたのを確認し、ミミルに礼を言っておく。
ミミルは気にするなと言っているが、そうもいかない。
〈そういえば、蹄が手に入ったが……あんなもの、どうするんだ?〉
〈蹄は薬の材料になる。とはいえ、精力剤なのだがな……〉
〈そ、そっか……薬にしてもいいんだぞ?〉
〈なっ――!〉
ミミルの顔がみるみるうちに赤くなる。
耳まで赤に染まる頃には、また胸元をポカリと殴られた。
俺としては、素材として持ち歩くよりも調合なり、錬金なり――とにかく使ってしまった方が収納を圧迫しないのなら、使ってもらって構わないというつもりで言っただけなのだが……明らかに違う意味に受け取られたようだ。
いかんいかん……。
〈そういう意味じゃなくてだな……〉
〈では、どういう意味だというのだ!〉
〈そのままだと嵩張るなら、違う形に変えてもらっていいぞってことだ〉
〈嵩張る……〉
ミミルは言葉を飲み込むようにしてなんとか納得したようだ。
まぁ、いまのは俺の言葉が足りなかったのが悪かった。
とにかく話題を変えよう。
〈いい時間になってきたようだし、一旦は祭壇の地下に戻らないか?〉
〈あ、ああ……〉
まだ顔の火照りが引かないのか、ミミルは俯いたまま返事をし、先に進む俺の服の裾を摘んで歩いてくる。
この辺りならどんな魔物が出てきてもミミルの敵じゃないはずだ。俺に隠れるようにして歩く必要なんてないだろうに。
ゴールドホーンの咆哮で周囲に魔物はいないので、接敵することなく祭壇の下にまで辿り着く。
階段を下りると、第2層入口部屋は外と比べて空気がひんやりと冷たく感じる。
これからミミルにダンジョンに関する話を聞こうというのに、互いに離れた場所に座るというのも不自然だ。黙々と丸太椅子を寄せて集める。
ミミルは顔の火照りも引いたようで、丸太椅子の上に座って俺が他の丸太椅子を寄せてくるのを見守っている。身体が小さいミミルに丸太椅子を運ばせるのは忍びない。
ミミルと並ぶように自分の丸太椅子を置き、前にいくつかの丸太椅子をまとめて並べることでテーブル代わりにできるようにする。
今日の買い物で簡易のテーブルと椅子も買っておいたのだが、配達されるまではこの形にせざるをえない。お湯を沸かしてお茶やコーヒーを淹れたりするのも器具が届くのは明日――残念ながら今日はミミルの空間収納に入れたペットボトルのお茶や缶コーヒーを飲むことになる。
そういえばケーキを大量に買っていたはずだが、あれはどうなったのだろう?
〈ケーキ、残ってるなら遠慮せずに食べていいぞ〉
丸太椅子とはいえ、せっかく目の前にテーブル代わりになるものがあるんだから、ここで食べてもらっても問題ない。
地上で食事を済ませてから5時間くらいは経過しているんだから、小腹も減っているだろう。
〈う……〉
明らかに狼狽えた声を上げたミミルの顔が、バツの悪そうな表情へと変わる。
確か、12種類のケーキを買ったはずだが……。
〈もうない……〉
俯いたミミルから蚊の鳴くような声が聞こえる。
自分一人で全部食べてしまったことを申し訳なく思っているんだろうか?
だが別に食べたことを責める気は俺にはない。寧ろ、俺は美味いソーセージや鶏の唐揚げとビール……そんな組み合わせを楽しみたい気分だ。
〈無いなら仕方ない。また買いに行かないとな……〉
〈そうだな! うん、そうだ買いに行こう!〉
ミミルはパッと花が咲くような笑顔を俺に向ける。
地球のケーキ類を気に入ってくれているようだ。椅子から下りて地上へと繋がる転移石の方へと歩きだす。
〈地上はもう夜中だから店はやってないぞ?〉
俺が声を掛けると、ミミルははっとした表情をみせるのだが、すぐに泣き出しそうな顔へと変わる。
表情がコロコロと変わるミミルを見ていると本当に飽きないな。