第110話
〈 〉 内はミミルの母国語を表しています。
3mを超える巨体から低く唸るようにゴールドホーンが吠える。
――お前から来ないなら、こちらから行くぞ!
そんなヤツの意思が籠もった咆哮が俺の全身をビリビリと震動させる。
首をブルブルと震わせるのは武者震いだろうか――そのまま太く長く鋭い角を振り上げ、草原から頭ひとつ飛び出した俺に向ける。
「――来るっ!」
反射的に左へと飛ぶと、僅か数cm後ろを、地を揺らし、地響きを立ててゴールドホーンが走り抜ける。
俺は前回り受け身を打って体勢を立て直し、ヤツに向き直る。
「――ミミルッ!」
ヤツが走り抜けた方向にいたはずのミミルを探し、声を上げる。
『あたま、さげる。わたし、ぶじ』
念話が届き、慌てて頭を下げる。
周囲を取り囲む草叢は150cmもあって頭を下げるだけですぐに姿を隠すことができる。ヤツも走り抜けた直後は俺の姿を見失ってしまうのだ。
ミミルはすごいな……こんな場所での戦い方もよく知っているようだ。
こんなとき、俺からミミルに念話を上手く飛ばせないのがとても悔しい。安否を確認するため、音波探知を飛ばす。
30m後方にゴールドホーン。ミミルは……10m上空だ。
「なんだよもう……」
下から見上げると、ミミルがこちらに向けて手を振っている。
これこそ本当の「高みの見物」ってやつだろう。
下着が丸見えだが……黙っておこう。
とりあえずミミルが上空にいることが確認できたんだ。何も気にせず好きなようにやってやる。
再度音波探知で確認すると、勢いよく走り抜けたゴールドホーンは完全に俺を見失ったようだ。こちらに向きを変えてはいるものの、動き出す気配がない。
とは言え、こちらも動き出すと草が揺れ、葉音が立って居場所を教えてしまう。
ゴールドホーンは3mを超える高さから見下ろすように一帯を見ることができる。
頭を下げていても、俺がいる場所は明らかに草が掻き分けられていたりするわけで、高いところから見ればそこに俺がいるのがわかるはずだ。
まあ、ヤツがそこまで知能が高いかどうかはわからんが……。
さて、俺が使えるチャクラム状の風刃は射程が約20m。マイクロウェーブは約10mだ。
石礫や水球を作り出す練習をしたが、それらはまだ攻撃に使用できるほどのものになっていない。
中長距離からの攻撃と言う意味では、かなり厳しい状況な気がする。とは言え近距離戦も厳しいな……。
このまま戦うにしても、俺が隠れる場所はあった方がいい。だが、隠れたままではいつまで経っても攻撃することができない。
「――よしっ」
両手で頬を叩いて気合を入れ、ヤツが走り抜けた跡へと身体を乗り出す。
巨体が通り抜けたあとは草がある程度押し倒されていて、見通しが良くなっているのだ。
この状態なら俺も動きやすいし、押し倒されていない草が周囲に生い茂っていていつでも隠れられる。とにかく、10m近づかなければ始まらない。
俺を見つけ、ヤツがまた足掻き始める。
突進前には必ず必要な動作なんだろうか?
急加速する場合だけ必要で、普通に走る場合は足掻く必要がないとか?
そんなことを脳みその端っこで考えながら、ヤツに向かって走り出す。
先ほどと同じように、ヤツが頭を左右に振って吼え、空に向けて角を突き上げてから突進体勢へと入った。
そのままではまだ風刃が届く距離ではない。だが、相手が飛び込んできてくれるなら……
俺は今までにない速度で風刃を作り出して投げる。
相手はこちらに向かってくるんだ、どんな軌跡で飛んでいくだとかイメージしている余裕はない。
合計6枚の魔力のチャクラムを投げつけると、角を突き出したヤツが俺に向かって突進をかましてくる。それを右の草叢の中へと飛んでなんとか躱す。
地響きが通り過ぎていくのを確認して、すぐに草がなぎ倒された跡へと戻る。すぐに止まれず走り抜けていくヤツの後ろ姿が見えるが、ここから風刃を投げたところで届かない。
「くそっ……」
すれ違う前に投げつけた風刃はヤツの脚に当たっているし、出血の状況から首筋にも1枚が突き刺さったのがわかるのだが、大したダメージが与えられていない。
それだけ毛皮が厚く、皮膚も硬いということだろう。
だが、角を突き出して突進してくる以上、2つの角の根元の部分をこちらに向けている筈だ。そこに苦無のように鋭利な魔力の刃を突き立てればどうだろう。
漸く止まることができたゴールドホーンがこちらへと向きを変える。
首を持ち上げている状態のゴールドホーンがこちらを見下ろす。
こうして見ると喉元は狙いやすいが、突進してくるときは必ず角を前に向けている状態だ。頭部が邪魔で首元を狙うのは難しいな。
「――おや?」
ゴールドホーンの動きが変わった……馬の速歩のように歩いてくるところを見ると、間合いを詰めようという算段なのだろう。2回突進して、2回とも避けられたんだから学習するというものか。
ここから襲歩での突進に切り替わると厄介だ。
また草叢に身を隠すとしよう――。