第109話
〈 〉 内はミミルの母国語を表しています。
地上で済ませておくべきことを済ませて奥庭にあるダンジョン出入口にやってくると、俺の姿を見たミミルが転移石に触れて先にダンジョン第2層へと移動する。
よくよく考えてみると、触れるだけでダンジョン内に移動できるのだから、この転移石も不思議なものだ。どのような理屈で転移しているのだろう……。
これもミミルに訊ねてみる価値がありそうだ。
ミミルを追うように転移石に触れて第2層へと移動する。
そこではミミルが腰に手を当てて待っていた。
〈遅い!〉
〈仕方ないだろう?〉
転移石に3秒遅れて触るだけで、ミミルを30秒待たせることになるんだ。階段から下りてきたところで先に転移されてしまえば、どうしても3分くらいは待たせることになってしまう。
待つのが嫌なら、俺が転移石の前に来るまで待っていれば済むだけのことなんだけどな。
第2層入口の階段を下から見上げると、雨は止んだようで青い空が広がっているのが見える。当初は一時間と少し――70分程度だけ地上にいるつもりが、2時間近くかかってしまった。今後は時間管理に気をつけよう。
とりあえず、地上で2時間経過したということは、ダンジョン内では約20時間が経過したことになる。第2層の太陽――正式な名前は知らないが――が沈んでから地上に戻ったので、第2層の1日が24時間だとすると、あと4時間程度でダンジョン内は日が沈むことになる。ミミルに時間のことを訊いてみるのも悪くないが、そのためには地球上の時間単位の説明から始めないといけないだろうな。
〈いまから……とはいかんな。またキュリクス退治でしょーへいの風刃の練習にするか?〉
〈そうだな。そうしよう〉
食事前にキュリクス狩りをしていたときは、ミミルの雷魔法で大量殺戮してしまって効率が悪かったのだが、それから20時間が経過しているのでそれなりに魔素から再構成されたキュリクスが草を食んでいることだろう。
さっきよりは効率よく練習できそうだ。
祭壇のような石組みの上から、周囲を見渡してみると20頭単位で群れをつくったキュリクスがいるのが見える。
雷魔法以外――例えば風刃を使えばミミルが狩っても肉がドロップすると思うのだが、キュリクスを80頭以上狩っても一度もドロップしないというのは精神的に堪えたのだろう。今回、ミミルは手出しをするのを止めるらしい。
まずは、1番近い群れから戦うことにし、草原へ下りる石段へと俺は足を踏み出した。
◇◆◇
独りで50頭ほどのキュリクスを倒すと、かなり風刃の精度と強さが上がっていた。熟練度のようなものがあるのだろう。
流石に五頭同時に相手をしたときは冷や汗が出たが、風刃とミミルお手製の双剣を上手く組み合わせて怪我もなくやり過ごすことができた。
そしていま、目の前にいるのは金色に輝く角を持ち、体格もひと回り大きなキュリクスだ。
――ユニーク個体
ゲームなどではそう呼ばれる存在だろうか。
ゴリラの集団では、ボスは背中の毛が白く、シルバーバックと呼ばれる。ストレスのせいで白くなるのだという説もあるが、実際は13歳以上のオスならば背中の毛が白くなる。ボスゴリラは群れの中のオスの中でも歳を重ね、最も強く成長したオスというだけだ。
このキュリクスも特に長く生き、特に強く成長したオスだったりするのも知れない。
鋭く尖った金色の角――敬意を表して名を付けるなら「ゴールドホーン」といったところか。
〈クククッ……キュリクスの卒業試験に丁度いい相手ではないか。私は手を貸さんからな〉
〈倒せってことか?〉
〈うむ。私は試験官として見守らせてもらう〉
ミミルは両腕を組んだまま、動こうとしない。
周囲に生い茂った草は150cmほどある。俺の頭がなんとか草の上に出るくらいなのだが、既にゴールドホーンはこちらに気がついているようだ。20mも離れておらず、あの角の長さやキュリクスの突進速度からすると明らかに既に間合いに入っているだろう。
ゴールドホーンが唸るような声を出すと、他のキュリクスたちが俺とゴールドホーンから遠く離れていく。
群れのボスとして、他の個体を守る……そんな感じだろうか。
念のために音波探知をかける。
どうやら半径50m以内には俺とミミル、ゴールドホーンしかいなくなったようだ。
それを知ってか、ゴールドホーンも首を捻り、準備運動のようなものを始めた。優に3mを超える体高、角も太く長い。恐らく2mはあるだろう。
アレを前に突き出して襲われると思うとゾッとするな。
恐らく攻撃パターンは他のキュリクスと同じ。
長い角を使った突き刺し、体当たり、後ろ蹴り……といったところだろう。
真正面から攻撃を受けると、角を避けても巨体にぶつかればアウトだ。
体重は一トンを超えるだろうし、突進するときに速度は40km/h近く出ているはず――車に轢かれるのと同じくらいの運動エネルギーをもろに受けることになる。
ゴールドホーンが足掻き始めた。
こりゃ考えがまとまる前に戦闘になりそうだ。