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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第11章 ゴールドホーン
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第106話

〈  〉 内はミミルの母国語を表しています。


 黒毛和牛のように低温で脂身が溶けるような肉質なら中まで火が通るのも早いが、このキュリクスの肉はサシが殆ど入っていない。

 ミミルの指定したとおりに切って焼いていたら中まで火を入れようとすると時間がかかってしまう。厚さ2cmの肉を2枚切り出して焼くのが現実的だろう。

 俺の分は1cmもあれば充分だ。それでも400g近くあるような気がする。


 南部鉄器の重く厚いグリルパンをコンロで充分に加熱しておき、タイムと一緒に表面に塩胡椒をした肉を置く。

 煙が出るほど熱したグリルパンで肉が焼かれる派手な音が厨房内に広がり、(じき)に肉が焦げる(こう)ばしい匂いが煙と共に充満する。

 その音と香りにやられたのか、近くで唾を飲み込む音が聞こえた。

 振り返るとミミルがいまにも涎を垂れそうになって、こちらを見ている。

 次第に脂身も溶け出しているので甘い香りも加わり、空腹に訴える力は最大級にまで膨れ上がっているだろう。急いで仕上げにかかることにしよう。


 リゾットは3度目の給水を終えると、ほぼ煮上がっていた。

 スプーンで掬って味見をし、アルデンテ――少し芯が残っていると感じるくらいでちょうどいい仕上がりだ。

 フライパンを揺すりながら強火で水分を飛ばし、削りたてのパルミジャーノ・レッジャーノ、無塩バターをさっくりと混ぜ合わせる。

 最後に皿に盛り付け、ペッパーミルで黒胡椒を粗く()り潰して散らしてやれば出来上がりだ。


 肉の方も裏返して最後の焼き目を付けると、全体に焼き目が網目状になる。

 あとは指で押したときの感触で焼き加減を見極め、焼いた時間だけ寝かせてから皿に盛り付ける。

 大きめの丸皿の中央に焼きあがったビステッカを置き、ほうれん草、マッシュポテト、トマトを添えて焼いたタイムを飾るとグリルパンに溜まった肉汁を回しかける。


「よし、できた……」


 盛り付けをすべて終えたことを確認するように声に出すと、俺は再度ミミルの方へと目を向けた。

 ミミルは期待に満ちた熱い視線でこちらを見ている。


〈後片付けが楽だからここで食べることにしてもいいかい?〉


 2階へ運ぶと皿を持って下りてこないといけないのが面倒だ。

 立ち食いになってしまうが、実際に開店したら賄いなどはこの調理台の周辺で食べることになるだろうな……。


〈ここで食べれば熱いうちに食べられるからな……異論はない〉

〈よし、こっちがミミルの分だ〉


 そっとビステッカとリゾットを差し出すと、フォークとナイフ、スプーンをミミルの前に並べる。

 ミミルは嬉々として左手にフォーク、右手にナイフを持ち、早速肉へと手を伸し、ヒレ肉から切って口へと運んでいる。

 俺もぼんやりとしていられない。フォークをキュリクスの肉に突き刺し、ナイフで一口サイズに押し切る。厚さ1cmほどのサーロインは、中心部分が淡いピンク色に染まり血が滲みだしてくることがない程度に焼けている。


 魔素でできているとはいえ、普段からキュリクスは草を食べているかららだろう……(ほの)かに草の青い香りが漂う。それがただ青臭いのではなく、絶妙な爽やかさを伴っていて、獣臭さを軽減している。ほとんど嫌な臭いはしないと言っていい。


〈うんまいっ!〉


 ミミルの声が聞こえ、俺は思わす視線をミミルに向ける。

 その大きさに切っても口に入らないのではないかと思うほど大きな一切れをミミルはフォークに突き刺して口へと運んでいる。

 下手すれば喉を詰めそうで見ていて怖い。実年齢は高いが身体能力に(かげ)りが出ているわけでもないので問題ないはずだが、単純に年齢だけを考えると嚥下障害など発症していても不思議ではないのだ。

 うーん、ミミルが口いっぱいにキュリクスの肉を頬張り、恍惚とした顔で肉を噛み締める姿を見ていると俺までたまらなく食べたくなってしまうな。

 慌てて左手に刺したままになっていた肉を口の中へと迎え入れる。


 サーロイン特有のサクリと噛み切れる歯触りがするが、赤身の割にはとても柔らかいのが驚きだ。

 すぐにタイムのすっきりとした爽やかな香り、胡椒の刺激的な木の香りが口の中に広がりると、(ほの)かに草を()り潰したような爽やかな香りが追いかけるようにやってくる。そして肉を噛みしめると塩によって引き立てられた肉汁がじわりと溢れ出す。


「こ、これはすごいな……」


 夢中で咀嚼して飲み込むと、感動を声にして吐き出した。


 まるで極上のグラスフェットの牛を食べているような気分だ。だが、溶け出した脂はサラリとしていて、極上の松阪牛や神戸牛のものに近い。


 ミミルは溢れた肉汁を吸ったマッシュポテトをフォークで掬い、(ねぶ)るように食べている。


 その姿を見て、自分が食べることを想像する。


 ――サラサラと舌の上で溶けて消える肉汁(まみ)れのマッシュポテト


 無意識のうちに、俺はマッシュポテトに肉汁を絡めると口へと運んでしまっていた。



ビステッカはフィレンツェの郷土料理。

ビーフステーキのことですが、塩・胡椒をしてハーブと共に炭火で焼いたり、石窯に入れたり……。

ハーブはローズマリーやタイムなどが多く使われます。


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