ミミル視点 第5話
異世界人の男に謝ったものの、私の気持ちは伝わっているだろうか?
念話の魔法は、火や水、風、土などを扱う魔法とは異なる魔力の使い方をする。
まず、基本的に魔法は魔力を使って魔素を操ることで実現する。
水の魔法は魔素に働きかけて空気中の水蒸気を集めてくるし、風の魔法は魔素に働きかけて空気の通り道を作る。
念話の魔法は、魔法により魔素に働きかけて魔力の糸をつくり、互いの脳を結びつける。
相手の脳と結びつくので、ある程度は相手の知識を覗き込むことができる。だが、言語形態が異なる者が相手になると急に精度が落ちてしまう。翻訳が発生するからだ。
実際、念話を使っているにも関わらず、この異世界人の話はたどたどしくてわかりにくい。
『わるい、した、わかる?
あな、おや、はなす。ちち、はは、いる?』
私は念話だけで話をしているが、異世界の男は普通に声に出して話をしている。
男はとてもいろいろと単語を並べて話をしているのだろうが、長い話をされると翻訳しきれなくなってしまうのか、極端に短く念話が帰ってくる。
他人の頭の中を覗いて、それを自分たちの言葉に変換しようとかなり脳が疲れることをしているせいか、思考能力が低下してくるのがわかる。
えっと……まず、この男が言いたいのは、「悪いことをしたのはわかっているか?」ということ。
これは理解している。ただ、こちらもこのような場所に出口ができているとは思っても見なかったので、許してほしいところだ。
そして次の言葉なのだが、「穴のことを親に話す」ということだろうか?
いや、「穴で親と話す」なのか?
最後の部分は「父親と母親はいるのか?」ということだろうな。
もちろん、両親はユプサーラ村で元気に過ごしている……はずだ。
両親のことを訊いてきたり、ダンジョン出口の穴のことを親に話すと言ってきたり――この男は、私を子どもだと思っているのか?
だとしたら大いなる勘違いなのだが、さて……どう説明したらよいものか。
人さし指をおとがいにあてると、視線を宙に向けて考える。
これは幼い頃からの私の癖だ。
先ずはこちらのことを理解してもらわないことには話にならん。
伝えるべきは、自分がこの世界とは異なる場所からやってきたということ。次に、この穴がダンジョンの出口になっているということだな。
そのうえで、ダンジョンがどのような場所で、どんな恩恵を与えてくれるかを説明する。
この男も、自分の家の敷地にダンジョンができたのなら、将来を約束されたようなものだからな。悪い気はするまい。
となると……
「先ずは自己紹介をさせてほしい。私の名前は、カノ=ミミル――おまえらから見れば、異世界からやってきた者だ」
――完璧だ。
自信に溢れた表情を繕い、精一杯胸を張った自己紹介。
ん?
なんだか反応が薄いな……普通なら、自己紹介して返すものだろう。
ま、まさか――私の名前まで翻訳してしまったのか?
もう台無しじゃないか……。
「名前まで間違えて翻訳したようだな。名前はカノ=ミミルというんだが……名前は……」
名前だけでも普通に声を出すことにしよう。
――「カノ=ミミル」
これでわかっただろう。
『カノ=ミミル……ミミル、いい?』
「特別に、ミミルと呼ぶことを許してやろう。して、おまえの名前はなんだ?」
元々、ミミルという名なのだがな。
エルムヘイムでは呼び捨てが基本。
許すのも当然だろう。
さあ、異世界の男よ――名乗るがいい。私もおまえを呼び捨てにしてやる。
『わたし、なまえ、たかつじ、しょうへい。たかつじ、みょうじ。しょうへい、なまえ』
なっ……名字持ちだと?
いかん、動揺したのが明らかに表情に出てしまったぞ。
しかし、名字があるなど、貴族以外にはないのがエルムヘイムの常識だが……。
「名字持ちということは、お……おまえは貴族なのか?」
途中で噛んでしまった……だが、念話を翻訳するときにごまかせているはず。大丈夫。
異世界の男はというと、何か考えているようだ。右手で顎をスリスリと触っている。
『ここ、みぶん、ない。ぜんいん、みょうじ、ある』
み、身分が無いだと?
更には全員が名字持ちだというのか?
なぜだ?
確かに名字がある方が便利なのはわかる。
どの都市や街に行っても同じ名前を名乗っている者が多いからな――名字があれば区別が付けやすいのは間違いない。ただ、親の名前を付けたり、村の名前をつけて区別することができる。それで充分だ。
私の場合なら、ユプサーラのミミルと呼ばれていた。「カノ」というのは、賢者の称号を持つという意味だ。双子のフレイヤは剣姫の称号を意味する「ウル」がついている。
しょーへいか、しょうへいか……どっちだったか、あーもうわからん。
しょーへいでいいだろう。似たようなものだ。
『とし、ねんれい?』
「レ、レディに年齢を訊くとは失礼な!」
双子で少し他の人よりも小さいが、私は大人の女だ!