第105話
〈 〉 内はミミルの母国語を表しています。
地上に戻ったところ、ミミルは思ったとおりトイレにお籠りになった。
やはりダンジョン内の強い魔素が腸内細菌まで滅菌してしまうのか、お通じの方がよろしくないらしい。
俺もダンジョンに入るようになってから少し腹の具合が緩くなっているので同じような影響を受けているのだろう。
魔素という――物質なのだろうか?
ミミル曰く、地球上では非常に希薄だが、店の庭にあるダンジョンに存在するその”何か”のことを、近くにあるこの日本で2番目に難関とされる国立大学の教授に話せばどんなことになるだろう……。
想像すら難しいが、間違いなく大騒ぎになるだろうな。
そんなことを考えながら厨房に入る。
調理したあとはきちんと洗って片付けをするので厨房はとても綺麗だ。
さて、最初はキノコのリゾットだ。
先ずは玉ねぎの準備から……調理台の下に収納してある玉ねぎを取り出すと、みじん切りにする。
次に、冷蔵庫に仕舞ってあるぶなしめじを取り出し、石突きを取る。あとは適度にゴロゴロとなるよう手で割いておけばオッケーだ。
基本的な食材の準備はできたので、フライパンを取り出し、オリーブオイルを入れて火にかける。
フライパンが温まってオリーブオイルが馴染んできたら玉ねぎを入れて炒める。玉ねぎの水分が少しずつ飛び、仄かに茶色く色づいてくると甘い香りが広がってくる――食材が出すサインだ。
このタイミングでぶなしめじと洗っていない米を一合分入れて炒める。
米全体に油がまわって透き通ってきたら火を強め、白ワインを入れてアルコールを飛ばし、水を加えて米を煮上げていく。
実はここで塩を入れるのがポイントだ。
仕上げる直前に塩を入れても米に塩味がつかない。
さぁ、ここからの調理は同時並行だ。
リゾットとは別のフライパンに叩いて潰したニンニク、種を取り除いた鷹の爪を入れて、オリーブオイルをたっぷりと入れたら弱火で煮る。
冷蔵庫からほうれん草を取り出すと、さっと洗って5cm程度に切り揃えておく。
ニンニクが揚がるまでの間にじゃがいも2個を取り出す。
これは皮を剥き、ニンニク一片と共に水を含ませたキッチンペーパーで包んだら、更にラップで包んで電子レンジで約3分ほど加熱する。
リゾットのフライパンに目を向けると、水が沸騰してグツグツと煮えている。水が減れば、レードルで掬って足せばいい。
フライパンで作る以上、火が当たる場所や、表面と底などで斑ができてしまいやすい。だから焦げないよう、コンロの上で円を描くようにフライパンを動かして中身を混ぜておく。
そうこうしている間にニンニクを煮ていたフライパンから、ニンニクの旨そうな匂いが漂ってくる。ニンニクの表面が薄らと色づいてきたら切っておいたほうれん草と塩を入れて炒める。
この間に電子音が鳴って、電子レンジ内のじゃがいもが蒸し上がったことを教えてくれるが、こちらに集中だ。どうせ今すぐ手にとったところで熱くて火傷するだけだからな。
全体に油がまわって鮮やかな緑色に変わると、ほうれん草のアーリオ・オーリオの出来上がりだ。
リゾットのフライパンの様子を見ながら、電子レンジのじゃがいもを取り出し、ボウルの中に入れる。そこに、塩と牛乳を入れたらマッシャーで潰す――できあがるのはマッシュポテトだ。ニンニクが入ることで味にパンチがある仕上がりになる。
客に出すため滑らかに仕上げたい時は更に裏ごしするが、今日はワイルドなビステッカの付け合せなので、気にしない。多少はじゃがいもの食感が残っている方が美味しいと思うこともあるのだ。
〈いい匂いがするぞ!〉
トイレから出てきたミミルが厨房へと入ってきた。
熱を加えたニンニクは食欲を唆るいい匂いがするからな……ミミルでなくても料理ができあがっていることに気がつくだろう。
だが、メインディッシュとなる肉がまだない。ミミルの空間収納の中に入ったままなのだ。
〈キュリクスの肉を出してくれ。先日見せてくれた肉がいい〉
ダンジョン第2層でドロップするキュリクスの肉を見る限り、何種類かの部位があるようだ。
最初にミミルが見せてくれた肉はロースとヒレ肉の両方がついたTボーンに似た部位だったのだが、俺が倒したキュリクスはモモ肉の部位であったり、肩ロースだったり……個体によって部位が違う。
今回は簡単にビステッカにするつもりなので、最初に見せてもらったロースとヒレ肉の両方がある部位がいいだろう。
〈これでいいか?〉
〈ああ、ここがいいんだ〉
サシが少ないが、実に形のいい赤身肉。
適度に脂肪がついているので、包丁で削いで肉の形を整形しておく。
〈どれくらい食べる?〉
〈これくらいだな〉
ミミルの人さし指と親指の間隔は4cm程度の厚みを示している。
おいおい、軽く一キロはある肉になる気がするんだが、食べられるのか?
リゾットの塩の量ですが、私の場合は米1合に対して小さじ1/2程度です。ブイヨンやコンソメを入れる場合は塩を少なめに……。
マッシュポテトは茹でると水分が増えすぎて緩い仕上がりになりやすいので、小さなニンニクと共に蒸し上げるのがオススメ。
レンジの時間は業務用電子レンジ(1500W)を想定して短めになっていますが、家庭用600Wなら5分程度で蒸しあがります。