第103話
〈 〉 内はミミルの母国語を表しています。
〈第13層は大小の活火山がある。地表付近は非常に高温で火山礫が降り注いでくる。空高くまで舞い上がれば、その火山礫に当たる心配がないのでな……それまでには覚えたい魔法なのだ〉
ミミルは振り返り、俺に背を向けて草を掻き分けながら話す。
〈その次は第14層、見渡す限り砂が埋め尽くした場所だ。昼間は恐ろしく暑く、夜は逆に寒くなる。そんなところを歩いて移動するのは厳しいからな――これも空を飛べる方がいい〉
ミミルの話は尤もだ。
歩くよりは空を飛ぶほうが速度も出るだろうし、移動も楽に違いない。
ただ、そのようなフロアがあることを聞いてしまうと、他のフロアも気になってきてしまう。
〈次の第3層はどんなところなんだ?〉
〈第3層……ああ、次は自分の目で確かめればいいだろう。第10層までは飛翔魔法が必要はないので、それまでに覚えるといい〉
〈そ、そうか……わかった〉
実はあまり高いところは得意ではないのだが……。
話を聞く限り、先に進むには覚えておくほうが良さそうな場所だ。このまま庭のダンジョンを進んでいくには不可欠と受け取っておこう。
ところで気になることがもう1つある。
ミミルが翼を出して空を飛ぶ前に使っていた翅だ。
小さく丸い、透き通った翅が生えたミミルの姿は、白い肌や尖った耳も相まってやはり北欧神話などに描かれているエルフを彷彿させる。
俺の記憶では、エルフには羽根があるとする話もあれば、羽根がないとする伝承もあった。また、美しく若い女性だったとする話もあれば、老婆だったという話もあったはずだ。
どれを基準に考えれば正しいのか知らないので、エルフという表現が正しいのかはわからない。とにかく、ミミルは俺のイメージではエルフと表現するに近い気がする。
そういえば、神話では草原でエルフが輪になって舞っていたという話があったと思う。そこで舞うエルフに見た者は、ほんの数時間だけ見惚れていたつもりでも、実際は長い歳月が経過していたとか……。
時間の流れが違う世界――ダンジョン。
もしかすると、遠い昔にダンジョンを介してミミルの住んでいた世界と地球が繋がっていた時期があるんじゃないだろうか。
以前聞いた話では、ミミルがいた世界には2つの国があって、そのうちの1つがミミルのいた国。もう1つがミミル達の祖先が異世界から連れてきた人達が作った国……だったはずだ。
ミミル達の先祖がこの地球にダンジョンを繋いだ際、草原で舞う姿を見た地球人をダンジョンから連れ去ったのだとしたら。そして、そのうちの一部の地球人が途中で地球に戻る――だが、ダンジョン内の時間経過の違いのせいで、戻ったら長い歳月が過ぎていた……。
考えすぎだろうか?
〈……へい、しょーへい!〉
〈――ん?〉
〈何をぼんやりとしている。ちゃんとついてこい〉
少しぼんやりと考え込んでしまっていたようだ。
いま考えていたことを直接ミミルに訊いてみるのも悪くない。しかし、俺の北欧神話に間する知識があやふやなので逆にミミルから何かを訊ねられて答えられる自信がない。地上に戻ってからネットで色々と調べてみることにしよう。その上で、まだ気になるようならミミルに訊いてみればいいだろう。
〈すまんすまん。それよりも――〉
この辺りに生えている草の高さは約150cm程度。ミミルの身長では掻き分けて進んでも前方はよく見えていないはずだ。俺の身長なら草の上に頭が出るので遠くに見えるキュリクスを探しながら歩くこともできるだろう。
草原をぐるりと見渡してみると、ミミルが進んでいた方向から少しズレた位置にキュリクスが数頭いるのが見えた。キュリクスは基本的に20頭くらいの集団で生活しているが、見えているのは2頭だけだ。恐らく、雷魔法の閃光と轟音で逃げ回ったせいで、集団から逸れたのだろう。
だが、次は俺が倒す番なので2頭だけというのはとてもありがたい。
〈こっちに2頭いるのが見える。俺が先に進むから、ミミルはついてきてくれるか?〉
〈ああ、問題ない〉
〈じゃぁ、行くぞ〉
前後を交代し、音を立てる事がないよう静かに……だが、遠くに見えるキュリクスに対し、俺たちは確実に近づいていく。
キュリクスまで残り約50m。
既に互いに目視できる位置にいるので、俺は頭を下げて進んでいるのでキュリクスの姿が見えていない。
そっと草叢から頭を出して確認しても、キュリクスは2頭しかいないので更に近づいていく。
残り約20m。
『しょーへい、たんち、する』
ミミルから念話が届いた。
目の前のキュリクスに集中しすぎて、周囲への警戒が疎かにならないようにするためだろう。
波操作で人間以外の動物でも聞こえないほど高い周波数を発生させ、反射音から周辺の状況を確認する。
周辺に生い茂る草のせいでぼんやりとしているが、20mほど先に2頭のキュリクスがいることがわかる。
〈異常なしだ。いくぞ〉
俺は左右に大きく迂回するような軌跡でキュリクスに当たるようイメージし、両手に生み出した魔力の刃を投げた。