第102話
〈 〉 内はミミルの母国語を表しています。
視界全体が一瞬だけ発光したかのように明るくなると、ゆっくりと元の明るさへと戻る。
草原に生い茂っている草は極めて薄い膜のようなものがあって、それが弱く輝いている。それとは別に、視界全体に薄い靄のようなものが掛かったように感じるのだが――これは魔力ではなく魔素が充満しているからだろう。人間の場合は魔素を取り込めば魔力になるというのだから、その素になる魔素も魔力視に映るということだと思う。
目に見える範囲のものを確認し終えると、そのまま目線をミミルの方に向けてみる。
「うおっ!」
ミミルの全身から光り輝くオーラのようなものが噴出している。
そういえば、アルビノのミミルは日差し対策のために魔法で防御していると言っていた。それは魔法として維持するために微量だが魔力を流し続けているという意味だから、俺が魔力視を使うと見えてしまうのだろう。
それにしてもミミルを覆う光が強くて、少々目がチカチカと痛い。
〈魔力を入れ過ぎだ。絞ると楽になる……魔素の靄が消える程度まで魔力量を抑えるといい〉
〈わ、わかった〉
ミミルに言われたとおり、蛇口を少しずつ閉めるようなイメージで出力を減らしていく。ミミルを覆う光るオーラが徐々に小さくなると、視界に掛かっていた靄のようなものも薄くなっていく。また、周囲に生えている草の表面は既に光る膜が見えない。
更に魔力の出力を抑えると、ミミルの身体を覆うオーラの光が、先程まで周囲の草を覆っていた膜と同じ程度にまで弱くなった。
〈よし、その状態で風刃を手に作り出してみろ〉
〈こ、こうか?〉
言われるがまま、チャクラムのような小さな円形の刃を想像し、創造する。
今度は自分の目でそれを確かめることができる。
キュリクスに向けて攻撃したときと同じ風刃だといえるかは不明だが、白く輝く円形の刃はとても綺麗だ。
〈うむ、見えているようだな〉
〈ここまでハッキリと見えるのなら、早く教えてもらいたかったよ〉
魔力視というのは基本的な魔法の1つだというなら、やはりコラプスや風刃より先に教えてもらっていてもおかしくはないはずだよな……。
少し恨めしげにミミルに目を向けると、ミミルは気まずそうに蟀谷を爪先でカリカリと掻き、いつものように上目遣いに俺を見上げる。
〈ま、まあ……すまん〉
〈教えてくれたんだからいいんだが……〉
魔力の使い方として、基本的に覚えておくべきことがあれば早めに教えて欲しい。
例えば、ミミルが使っている魔力探知だな。
〈覚えておく方がいいものってあるか?〉
〈うむ……覚えてもらわないといけないこともある。例えば……見ていろ〉
ミミルは徐に背を向ける。彼女の目の前には150cm程の高さがある草が生い茂っている。
何かをするにも、この高さではミミルの身長ではいろいろと困る気がするんだが……。
〈――ヴィンニ〉
ミミルの声が聞こえると、ミミルの全身を覆うように魔力が循環していくのが見える。その魔力はミミルの背中に集まり、小さな丸い羽根のような形をつくる。そして、ミミルの全身を覆っていた魔力が消える頃には、丸く小さな羽根が忙しなく動き出してミミルの身体がふわりと宙へ舞い上がった。
第1層の……確か、ボルスティとかいう猪に似た巨大な魔物の突進で崩れた闘技場から落ちる時、ミミルが受け止めてくれた。その時はもっと大きな翼のようなものが生えていたはずだ。
これは――翼というよりも蝶々のような虫の羽根……翅に近い気がする。
ただ、その姿がミミルの容貌も伴って、とても幻想的に見える。そうだな、例えば北欧神話などの挿絵に描かれている妖精やエルフのようだ。
いや、待てよ……。
〈ミミルがいた世界の人達は、みんなそんな翅を作ることができるのかい?〉
〈しょーへいにも覚えてもらおうというのだ。使えない訳がなかろう?〉
全く以てそのとおりだ。
俺に教えるのに、ミミルの種族以外は使えないようなものを教えようとする意味がわからないよな。では、ミミルのいた世界では他の種族も翅をつけることができるということだ。
そもそも〝魔法は想像し、創造するもの〟なのだから、種族など関係ないと思うのが正しいのだろう。
〈覚えるのはその魔法でいいのかい?〉
〈いや、本命の前に覚えなければいけない魔法だ。本命はこちらだな――フロエ〉
ミミルの背に生えていた翅が消え、今度は翼幅3mはある大きな翼が広がると、ゆったりと優雅に羽ばたく。
これだ、これがボルスティと戦った時にミミルの背中に生えていた翼だ。
見る間に空高く舞い上がったミミルは、そこから急降下して俺の頭上へとへってくると、くるくると舞うように飛んでゆっくりと目の前に下りてきた。
魔力で作った翼が、先端からキラキラと魔素に戻って霧散する様子がとても美しい。
つい、翼が消え去るまで見とれてしまったが、一応確認しよう。
〈えっと……空を飛べないといけないのか?〉
ミミルは俺の目を見上げ、静かに頷いてみせた。