王都到着
ミミルを失った妹フレイヤたちのお話です。
地球の1日は、エルムヘイム(ミミルの故郷)では2日に該当するので、7日経過していることになっています。
緩々と茜色に染まる大空の下には広闊な平原が続く。平原には石で固められた街道らしき道が続き、そこに地球では荷馬車に該当する乗り物が賑やかに音を立てて走っていた。
「もうすぐ到着にゃ!」
荷台から御者台へと身体を乗り出し、辺りの様子を見ていたのは猫人族のエオリア・マルソー。揺れる荷馬車の上で文字通り弾むような声でとても嬉しそうに話しかける。
話しかけられたエオローネ・フィリオレンド――ローネは空を見上げて少々心配そうだ。
「そうね……でも少し遅くなってしまったわ」
「この時間だからな……残念だが、王への報告は明日になりそうだな」
同じように空を見上げたティル――ティルヘーニル・ブラウミルトが酷く残念そうに呟いた。
「ええ、仕様がないわね……」
「ううっ……」
ローネがティルの言葉を受けて残念そうに話すと、フレイヤは言葉にならない声を漏らす。
フレイヤの右拳が震え、堪えきれずに涙が溢れる。ぽたりと落ちた雫が脚衣に染みを作った。
一晩遅れれば、それだけミミルの救出が遅れてしまう――そんな思いがフレイアを焦らせる。それを知っているティルは、フレイアの様子に気づき、優しく、理性的に語りかける。
「少しでも早く……その気持ちは痛もよくわかる。残念だが今夜は長旅の疲れを癒やす――それが俺たちにできることであり、すべきことだ。そうは思わないか?」
「ええ、そうですわ。まず屋敷の使用人にも姉さまのことは伝えないといけませんわね。きっと心配していることでしょう。それに、王に謁見するのなら新しい剣も作らないといけませんわ……」
一瞬、心を揺らしたフレイアだがなんとか踏みとどまった。すべき事が山積みだからだ。
ヘガナスの街を出て7日間、何度もフレイアは情緒不安定に陥り、その都度ティルやローネ、エオリアによって支えられてきた。
だが、いまは屋敷に帰ってすべきことを整理できるほどには落ち着いていることがわかる。
遠くに王都の町並みを見て、荷馬車に似た乗り物の速度が上がった。
◇◆◇
王都フィオンヘイムの城門に到着した頃には辺りに夜の帳が下りていたが、4人は入門を許された。
城門を潜る際、ティルは国王への謁見申請を提出することを忘れない。 現在は夜ということもあって国王夫妻と子どもたちは既に食事の時間だ。そこに無理に謁見申請を出すことが許されないことであることは皆承知している。
城門から王都市街へと入った四人は、ここで一旦解散することにする。
7日間、休むこと無くこの荷馬車のような乗り物で移動してきたのだ。家に帰ってゆっくりしたいというのが人情というものである。
「明日の謁見時刻がわかるのはニーくらいだそうだ。
国王への報告内容、要望等は今夜のうちに整理しておくから、明日のアルブティくらいに俺の家に来てくれ。いいか?」
「「「わかった(にゃ)」」」
門に近い宿屋に止まるエミリアを下ろし、ティルは荷馬車に似た乗り物を使ってローネ、フレイヤの順で家へと送る。
「くれぐれも落ち着いて行動しろよ」
「ええ、もちろんですわ」
「じゃぁ、また明日!」
「ええ、また明日。ご機嫌よう」
荷馬車に似た乗り物でフレイアを屋敷の入口まで送ったティルが自宅へと向かっていく。
それと入れ替わるように屋敷から出てきたのは、とてもシックな色合いで組み合わせた格式高そうな服を着込んだ初老の男だ。
「おかえりなさいませ、フレイヤ様」
「パウル……」
「ミミル様の噂は耳にしております」
「そ、そうですか……では、皆をお集めなさい。そこで話を致しますわ」
「はっ、畏まりました」
パウルは返事をすると、向きを変えて早足で去っていった。
フレイヤは空間収納から着替えの入った袋を取り出すと、パウルの後ろから現れた女性――メイド長のドロテアに突き出す。
「フレイヤ様、お湯の用意ができております」
「ありがとう……そうね、先にいただくわ。その前に、皆に話さないといけないことがあるの。夕食は湯浴みの後でお願いね」
「はい、畏まりました」
屋敷の扉を開けて正面にある階段、そこにフレイヤが到着して後ろへと向きを変えると、そこには全ての使用人が集合し、整列していた。
「先程、王都へと戻ってまいりました。
先触れから話を聞いているかも知れませんが、姉さま……ミミル姉さまはダンジョン内で事故に遭い、行方不明となってしまわれました。これ以上は詳しいことは話せませんが……」
目頭が急に熱くなり、湧き出す涙を堪えるように宙を見上げると、フレイヤは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出して続ける。
「お姉さまを失うということは、この国の国防においても憂慮すべき事態。
明日、国王に謁見し、今後の対応を協議する予定です。
ただ、それとは別に「ミミル姉さまが事故に遭った」という情報が他国――イオニス帝国に漏れれば、ここが好機と攻め込まれる理由にもなりかねません。
よって、姉さまのことは他言無用とします。よろしいですわね?」
「はっ!」
その場にいる執事長、執事、メイド……全員の声が1つとなって屋敷内にこだました。
痛もよくわかる。
昔の言葉で、強調の意味を持ちます。
「甚く」と書くこともできますが、「心痛を含めて強くよくわかる」という意味で、態と「痛く」としています。
「国王はいたく気に入られた」の「いたく」と同じです。