第89話
〈 〉 内はミミルの母国語を表しています。
家を出た俺たちは15分ほどかけて観光客が溢れかえる街を抜けてアウトドア用品の専門店へとやってきた。
最初に見るのはダンジョン内で過ごした数日で是非とも欲しいと思ったもの――簡易ベッドだ。
地面で寝る場合、サソリやムカデのような毒虫に刺されることがあるので、ハンモックや高さのある簡易ベッドのようなものがあるといいと聞いた。
実際に地面に寝るのと比べてどのくらい寝心地が変わるのかはわからないが、店頭で試してみて考えたいと思っていたんだ。
実際にいくつか並んでいる中で、耐荷重が300キロと頑丈だが組み立て、折りたたみが簡単な商品を見つけた。少し重いので持ち歩くとなるとたいへんだ。
〈ミミル、これどう思う?〉
〈携帯用の寝具か、どこで使うつもりだ?〉
〈今日のようにダンジョンの入口部屋で使うつもりなんだが、どうかな?〉
〈ふむ……〉
ミミルは床に広げられた簡易ベッドに寝転がる。
寝心地を確かめるように寝返りを打ってみたり、力を加えて生地を押さえて耐久性を確認したりしている。
そして、起き上がると隣に置いてある折りたたんだ状態の製品を持ち上げてみせる。
〈まさか自分の分だけ……ということはあるまいな?〉
〈いや、ミミルの分も考えてはいるが……この大きさが必要か?〉
〈ふむ、でも他のものも同じ大きさではないか〉
確かに周囲を見ると似たサイズのものばかりだ。ミミルには大きすぎる。だが、子ども用を探すとか言い出すとまた怒られそうだ。少し耐荷重の小さいものでもいいとは思うのだが、それも結局は同じ理由に辿り着くような気がする。
〈じゃあ、これを2つにするぞ〉
次に見るのは簡易テーブルだ。
椅子はなくてもいいが、食事をするにもテーブルがある方が楽でいい。椅子は……丸太椅子で充分だ。
他に食器類とガラスのケトルが欲しい。
魔法で水を出すことができるし、熱源がなくても俺のマイクロウェーブを使えば簡単に沸騰させることができる。そのためには材質はガラスでないといけない。
店員を呼びつけて、簡易ベッドを2つ購入する旨を伝え、レジの方に用意してもらうことにする。そして、テーブル、食器類と調理器具を見て歩いた。
やはり俺は根っからの料理人らしく、つい調理器具売り場では足が止まってしまう。キャンプでは定番になりつつあるダッチオーブンやバーナーなども気になるが、今回目に留まったのは薪コンロだった。
〈これがあれば薪で料理ができそうなんだが、ミミルはどう思う?〉
〈これは……持ち運びできる竈?〉
〈そうそう。ここを開いて薪を入れて、上に鍋を置くと調理できるみたいだ〉
〈ふむ……竈など石で組めばいいだろう。別に無いといけないものというわけではないな〉
どうも乗り気ではないようだな。
だが、ここでもうひと押しだ。
〈地上で作った生地を空間収納に仕舞っておけばパンが焼ける。2つあれば一方で煮込み料理を作ることができるから、かなり食生活が充実するぞ?〉
他の商品を眺めていたミミルの動きがピタリと止まると、ゆっくりと顔を俺の方に向ける。その表情は真剣そのものだ。
〈そういうことなら必要だ〉
〈わかった〉
ミミル、意外にチョロい。
さてこの薪コンロ、今の話で2個必要になったが、結構なお値段がする。もちろん、ダッチオーブンもセットだ。
他にテーブルや簡易ベッド、食器、カトラリーも持って帰るとなると非常に嵩張るし重いな……。
などと考えていると、くいくいと左の服の袖を引っ張られた。
見るとミミルが赤い顔をしてこちらを見上げている。
〈これが欲しいのだが……〉
ミミルの手元には先にノズルがついた電動歯ブラシのような形のものが描かれた箱があった。使い方も絵付きで説明されている。
〈わかった。これは必要だよな〉
中身を察してポンポンと頭を撫でてやると、ミミルは恥ずかしそうに頬を赤らめて頷いた。
その仕草はとてもかわいいのだが、欲しいと強請られた商品がこれでは魅力が半減している気がする。
これは携帯用のお尻洗浄器だ。
ダンジョンのフィールドで用を済ます時にでも使いたいのだろう。
気持ちはよくわかる。実は俺も欲しい。
すべての会計を済ませると、今夜のうちに必要になるであろう簡易ベッドと食器、カトラリーを持ち帰ることにして、残りは宅配するよう手配した。
◇◆◇
買い物が思ったよりも長引いたせいで、時間は午後の2時を過ぎていた。
いまなら飲食店もランチタイムを終えて落ち着いていることだろうと、昼食に向かう。
今回は、台湾に本店がある有名な飲茶の店で昼食をいただくことにする。デパートのレストラン街にある各種の小籠包や蒸し餃子などで有名なところだ。
注文すると蒸籠で蒸したての小籠包や蒸し餃子、香り高く炒め上げられた青菜炒め、鶏油でぱらりふわりと仕上がった炒飯、コクのある甜麺醤とピリリ辛い豆板醤の旨さが際立つ回鍋肉等がテーブルに並んだ。
特にミミルは小籠包がお気に入りのようだ。
気持ちいいくらい豪快に服を汚してくれた。