第77話
その小さい身体、細い腕のどこにそんな力があるのかと不思議になるくらいの強さでブンブンと俺の右腕をミミルは振り回す。
『かみなり、まほう、おしえるっ!』
そして、俺の目を真っ直ぐ見つめて同じ言葉を何度も俺に投げつけてくる。
特にミミルは瞳が赤いので更に血走ったように見え、その必死さが犇犇と伝わってくる。
「ああ、わかった。わかったから、落ち着いてくれ」
『かみなり、おしえる!』
「う、腕が千切れるっ! 落ち着けっ!」
興奮混じりで息がミミルの息が荒いが、何度か落ち着くように言い含めることで、漸くミミルが俺の手を離してくれた。
恐らく無意識のうちに身体強化しているのだろう……右肩から脱臼するかと思ったよ。
『かみなり、まほう、おしえる』
今度は右袖を摘んで、上目遣いにお願いしてくる。
恐らく意識していないのだろうが、その視線の使い方は狡い。
まあ、俺も最初から教えるつもりなので問題ないのだが……。
「ああ、わかったから。また図鑑で説明するから、いまの作業が終わってからだ。いいよな?」
『――ん』
なにやら嬉しそうな調子で念話が返ってきた。
◇◆◇
ミミルが皮の鞣し作業――石灰漬けを済ませるのを待って、図鑑を使って静電気の説明をし、続けて電気の性質についても説明しておいた。
俺もそんなに詳しくないし、図鑑に掲載されている範囲での説明なので基礎知識としての、正の電場と負の電場、電流と電圧の関係等を中心といった感じだ。
しかし、言葉の壁があるので今回も二時間ほどかかった。
一通り説明を終えたところで、隣の丸太椅子に座ったミミルが見上げるようにして問いかけてくる。
『かみなり、オグソール、ちから。まほう、つくる、むずかしい?』
んんっ? 突然でてきたが――オグソールってなんだ?
「オグソールってなんだ?」
『オグソール、かみ。かみなり、たたかい、かみ』
ふむ……どうやらミミルがいた世界の戦いと雷の神様の名ということらしい。
日本神話なら武甕槌神……北欧神話のトール、ギリシャ神話のゼウスのような神がいると信じられているのだろう。
今度、神様の話を教えてもらうのも面白そうだ。
「雷の神様ね――わかった。雷と同じものを魔法で実現するのは非現実的だろうな……」
落雷のエネルギーはその規模によって左右されるが、莫大なものであることは間違いない。たった千分の一秒で摂氏三万度の熱量と十五億ジュールものエネルギーが駆け抜けるのだから魔物と戦う際の魔法武器として魅力的なのは理解できる。
ぶっちゃけ、ダンジョン内は魔素を魔力で操作すれば土や石を生み出すこともできる世界だから何でもできるとは思う。たとえば、魔力で魔素を操作して人工的に雷雲を作り、落雷させるということはできるだろう。
しかし、雷雲を作るのに時間がかかることが予想されるし、高いところに落雷する性質を考えると狙いどおりに落雷させるのが難しい。やはり、現実的ではないと俺は思う。
「でも、俺がやったように電気を溜めて放電させるならできると思うぞ」
つまり、指先に負の電荷を集め、的である魔物に正の電荷を集める。近づければ放電されるだろうし、彼我の間にある空気の絶縁限界値を超えれば、自然と指先と魔物の間で放電されることだろう。
だが、ミミルは難しい顔をしてこちらを見上げている。
「どうしても雷じゃないとだめなのか?」
ミミルは頭を左右に振って否定する。
『ちがう。みえない、できる、わからない』
「あぁ、確かに見えないな……。でも、それは風を使った刃でも同じだろう?」
ミミルがよく使っている風刃のようなものを飛ばす魔法も目に見えないが、使えているじゃないか。
『ん、おなじ。でも、すこし、ちがう』
「どう違うんだい?」
『まほう、やいば。なげる、かぜ、ほじょ』
「――え?」
どうやら風刃ではなく、魔法で作った刃を投げているらしい。それを風の魔法で補助していると……。
ラノベなどを読んでいると、風魔法のひとつとして風刃はよく登場するので、てっきりミミルが使っているのも風魔法とばかり考えていた。
考えてみると、鎌鼬という現象は瞬間的に発生した真空状態が生み出すと言われていたが、実際は気化熱などで急激に冷やされた皮膚の表面が変性して裂けてしまう現象だ。大気中に発生する真空など瞬く間に消えてしまうので、魔法の刃を飛ばすほうが現実的なんだろう。
『くさ、かる。みえる。デンキ、みえない』
「そうだなぁ……鉄の塊のようなものがあれば大丈夫だよ」
この何もない第二層の入口部屋では実際に電気が放電されることを確認できないと言いたいのだろう。
だが、冬場に静電気を帯びた身体でドアノブを触ろうとしたら放電するのだから、同じように金属の塊などを使えばいいはずだ。
ミミルは徐に空間収納から鉄の塊を取り出し、数歩下がる。
鉄の塊は高さが一メートル近くある。一トンまではいかないが、数百キロはあるだろう。手で持って移動するなど間違いなく不可能な大きさだ。
ミミルはその鉄の塊の前に立ち、指先をじっと見つめ始めた――。