第70話
地上の1日がダンジョン2層では10日になるのだから、食事の回数も10倍――ダンジョン内では3食とは限らないが――になる。地上の食品や惣菜などで賄っていたらお金がいくらあっても足りないので、ダンジョン内ではダンジョンで捕れた魔物や植物を主にした生活をするのがいいとは思う。
だからといって、ツノウサギばかり食べるというのが飽きるのも理解できる。
そして、ドロップ品に肉があるということは大事なことだとは思う。そう思うのだが、それを一番最初に話すということは、「肉に期待している」ようにしか聞こえないのだが……。
『まわり、そうしょく、まもの、さん、しゅるい。ふみつけ、けりとばし、たいあたり。たんちょう』
なるほど――草食の魔物が3種類いるが、ミミルもここからだと判別できないので共通するドロップ品の説明から始めた……ということにしておこう。
攻撃パターンは揃って単調で直線的。ツノウサギのように小さく俊敏ではないが、遠くに見える牛のような巨体が突っ込んでくると考えると簡単ではないような気がする。スペインでの修行中に闘牛を見たことがあるが、ムレータ無しなら5メートルほどの距離だと転げ回って避けるのが精一杯といったところだろう。
ある程度距離をとり、瞬時にレーザーサイトでマイクロウェーブで攻撃できなければ倒せる気がしない。
「で、どうするんだ?」
ミミルはただ離れたところにいる草食系の魔物を見つめたままだ。
第2層なら時間が10倍になる。だから、2層に来たら魔法を教えてもらうという話になっていたはずなのだが、忘れてしまっているのでは?
「魔法を教えてくれるんだよな?」
『――ッ!』
慌てて俺の顔を見上げたミミルは顔に現れた動揺の色を隠せていない。
『まほう、おしえる。やくそく』
落ち着かない感じで話し、最後は視線を逸したところを見ると……やはり忘れていたんだろう。自分から魔法を教えると言いだしておいて忘れるとか酷いよな。
戦力を強化するという意味でも魔法を教えるというのは重要な意味があるはずなのだが――忘れていたことを責めたりすると臍を曲げそうだ……。
「よし、何から教えてくれるんだ?」
忘れられていたことに気づいていないフリをして尋ねてみる。
その質問に焦った顔を見られたくないのか、ミミルは態々俺に背を向けて黙考している。右肘の角度を見るに、いつものようにおとがいに指を当てて、視線を宙に彷徨わせているのだろう。
その様子を暫時眺めていると、ミミルは徐に空間収納から食べ終えた弁当箱を取り出した。そして、5メートルほど離れた場所にそっと置く。
『まりょくそうさ、れんしゅう、けっか、みる』
「――?」
トレーを置いて、魔力操作の練習結果を見ると……なるほど。
魔力を打ち出せるようになるために魔力操作の訓練をしてきた結果を見せろってことだな。
そういえば、魔法に名前をつけてイメージを固定できるって話だから、名前を付けるほうがいいんだろう。その名前からイメージできるもののほうがいいとは思うが……。
「魔法の名前って、決まってるんじゃないのか?」
『なまえ、じゆう。まほう、そうぞう、つくる』
少しは落ち着いたようで、先ほどの焦った雰囲気が消え去ったミミルがこちらに向き直り、念話を続ける。
『てほん、みる……なまえ、ひきつぐ、おおい』
「教わるときに名前ごと引き継ぐってことか」
『ん――』
そういえば、ミミルが手本を見せてくれるときに名前のようなものを口にしているのを聞いたが……それで俺がイメージできるかというと無理な気がする。
地球人として名前をつけるべきなんだろうが、それでも普段から使う単語――ファイアとかブレイクと名づけると暴発の恐れがありそうだ。あまり使わない単語にしたいし、日本語にしないほうがいいだろう。それでいて、短い言葉のほうが発動も早いに違いない。できれば発音しやすく、2文字から4文字くらい……。
ミミルがするように地面に置かれた弁当箱に人差し指を――「弁当箱を指さす」と言ったほうがわかりやすい。最初は親指も立ててみたが、狙うという動作ではこの親指が邪魔だ。
まずは弁当箱に向けた指先に魔力を集める。それとは別に魔力の塊を右の肩口あたりに集め、指先に集めた魔力へぶつけて弾き飛ばすイメージだ。
「――コラプス」
肩口に集めた魔力が腕を走り抜け、指先に作った魔力の塊に激突する。
――バフッ
明らかに何かを広げたときのような音がした。
もちろん、5メートルほど先にある空の弁当箱はびくともしていない。
「ああ……」
『まりょく、おおきさ、そろえる。ちがう、しっぱい』
「なるほど」
同じ大きさの塊じゃないといけない……ニュートンの揺り籠のような感じで指先の魔力の塊を跳ね飛ばすのだから、大きさが違うとうまくいかないのか……。
エネルギーは質量×速度……魔力に質量があるのかはわからんが、似た原理なのかも知れないな――。