第69話
なんだかミミルのトイレが長い気がするが、実は外に出てきて俺のことを探しているのかも知れない。
一旦、2階の部屋に戻るべきか、それともダンジョン出入口へと戻るべきか……悩ましいところだ。このあとダンジョンに戻ることを前提にしているのだから、ダンジョン出入口で待っているのが妥当かもしれない。
だが、残念なことに厨房には冷蔵庫から取り出した飲み物を入れて運ぶための袋がない。ミミルを探して空間収納に入れてもらえば済むことだが、そのために連れてくるというのもなんだかミミルに申し訳ない気がする。
そうだ、2階の居室に戻ればコンビニや弁当を買ってきたときのレジ袋があるはずだ。
隠し扉を開いて2階への階段を駆け上がった。
◇◆◇
無事レジ袋を数枚手に入れた俺は、冷蔵庫から取り出した缶コーヒーやペットボトルの緑茶、紅茶などを入れてダンジョン出入口へと向かった。
ついでに、モバイルバッテリーと緊急避難用品が入った袋から電池式のランタンを持ってきた。ダンジョンの入口部屋はどこも薄暗く、夜になると字を読めなくからな。これがあればいろいろと便利だろう。もちろん、スマホも充電しておく。
奥庭にあるダンジョン出入口に下りると、そこにはミミルがぽつりと体育座りをしてこちらを見ていた。
『おそい』
「すまんすまん……飲み物を持ってきたんだが、袋がなくてな探していたら遅くなった」
『わたし、よぶ、いい』
「いや、荷物を持ってもらうだけのために呼ぶなんてことはしないさ」
何よりも自分が同じように扱われると酷く嫌な気分になるだろうからな。況してや見た目幼いミミルにさせるなど、俺の良心が仮借しない。
『む……』
ミミルは一瞬、眉をひそめると俺の目をジッと見つめた。そして特に何も言わず、フイッと転移石の方に身体を向けてゆっくりと歩き出す。
何か言いたいことがあるのだろうか。
普段から確りとコミュニケーションが取れていると言える状況にないので不安になってくる。
『にそう』
ミミルは念話でそう伝えると、転移石に触れて先に転移してしまった。
荷物持ちに使わなかったことに怒っているのだろうか……。
異世界には地球とは違う価値観があっても不思議ではないが、どこか釈然としないまま、とりあえずミミルを追ってダンジョン第2層へと転移する。
転移時の眩しい光を避けるために強く瞑っていた目を開くと、ミミルが両腕を脇腹にあてて待ち構えていた。
「お、怒ってるのか?」
少し心配になっているところに、何やら威圧的な印象を――ミミルは小柄だからそうでもないが――感じさせるような姿勢で立っていると、つい勘繰ってしまって声に出してしまった。
ミミルはおとがいに指をあて、不思議そうに俺を見上げている。
『おこる、ない。なに、おこる?』
「い、いや……なんでもない」
『じかん、むだ。そと、でたい』
どうやらミミルは俺が時間を無駄に使っているように感じているようだ。
ただ、地球上の10分は、この第二層だと100分になる。地上で10分無駄にしたところで、たいしたことはないはずだ。
「ここなら地上より時間がたっぷりあるんじゃないのか?」
『ちがう。あさ、チキュウ、もどる。すこし、たつ。にそう、よる。また、うごく、ない』
地上で十分なら、ダンジョン2層は1時間40分も過ぎてしまう。30分過ごせば、それで5時間。
確かに、地上でダラダラしているとまた夜になってしまっている可能性もあるということだな。さっき寝て起きたばかりだし、また寝るなんてことは難しい。そのあたりもよく考えて行動しないといけないのだろう。
『わかる?』
「ああ、わかった。悪かったな……」
『そと、でる』
ミミルはそう言いながら、俺の手に持った荷物を空間収納へと仕舞って階段へと向かう。食事のことになると饒舌になるし、甘いものが大好きのようだが、ダンジョン内だと口数が少ない。そのせいで冷たい印象を受けてしまうのだが、ダンジョンに関してはとても真摯に取り組んでいる証拠なのだろう。生死に関わることだし、当然といえば当然か……。
ミミルを追うように階段を駆け上がると、雲ひとつなく浩々《こうこう》と広がる青い空が俺を迎える。祭壇状になった石造りの四角い建造物の上から見えるのは一面に広がる広闊な草原だ。
そのことを確認して周囲を見渡すと、祭壇の端にミミルが立って、こちらへ来いと言わんばかりに手招きしている。
慌ててミミルに駆け寄ると、ミミルは100メートルほど先に集まった魔物を指さした。
『まもの』
そこには四足歩行で動く生き物が見える。
離れているので体高や体長がどれくらいなのか判然としないが、朝起きて小用をするために下りた地面の草の高さからすると、牛や馬くらいの大きさはあるだろう。首のつきかたからすると牛のように見えるが、何せここはダンジョンの中――身体は牛で頭は馬だったりするのかも知れない。
『にく、でる』
「――え?」