第62話
地面の上に足をついた感触といえばいいのだろうか。
ふわりとした浮遊感が消えると、第2層の入口についたことを実感する。
もう眩しく光るものはないので、ゆっくりと目を開く。
乾燥し、肌を刺すようなひんやりとした空気。
ぼんやりと光る壁と天井。
数メートル先にある外へと続く階段。
第1層の入口や出口と見た感じは同じ印象を受ける。ただ、出口との決定的な違いは部屋に文字が書かれていないことだろう。
俺の後ろには転移石があり、丸い転移石本体もぼんやりと光を発しているが、そこには文字が書かれていない。
すると俺のすぐ左隣にミミルが転送されて現れる。
いつもはミミルが先に転移してしまうので、実際に転移されれてくる瞬間を見るのは初めだ。つい観察するようにじっと見てしまった。
映像用語で言えば、ワイプするように現れるというイメージがあるかも知れないが、実際は最初に骨格のようなものが白く光って現れ、肉がつくように大きくなり、人型になる感じだ。ほんの1秒か2秒で転移が完了するので、よそ見をしていたら気が付かないこともあるだろう。
『はなし、する』
「うん、なぜ文字が書かれているのか。書かれている内容はなにか――教えて欲しい」
『ん――』
ミミルはおとがいに指をあて、また宙に目を泳がせる。
書かれていることを簡潔に説明しようと思っているのか、何から話せばいいのか考えているのか――わからないが、黙って待つことにした。
待つこと1分少々。
ミミルはようやく手を下ろして、俺の方に向き直った。
◇◆◇
ミミルの話は非常に難しかった。
やはり、カタコトの説明では充分に理解できる説明を得ることができない。説明を聞き直したりするので、1時間ほどかかってしまった。ここまで歩いた距離などを考えるといい休憩になったと思う。
だが、俺なりに理解できたのは、イグナールという平和と豊穣をもたらした王がいたということ。イグナールは聖剣を持ち、金色のイノシシ――ギレンボルスティに跨って世界を駆け回ったということくらいだ。世界に豊穣をもたらすことができる能力があるのなら、どこかの神話世界の話なのだろう。
そして、このような話は、各層の出口に刻まれているそうで、それぞれ主人公が異なるらしい。
だが、そうなると――。
「うちの庭にできた出口にはなかったんじゃないか?」
『ん、でぐち、いどう、きえる。じかん、ゆっくり、できる』
なるほど。出口を移動すると一時的に消えて、ゆっくり浮き出してくる感じなのだろう。元の出口には書かれていることだから、少しずつ転写されるのかも知れない。
いずれにしても、俺の脳みそで考えて答えがでることでもないだろう。
「ありがとう。全部理解できたわけじゃないが、参考になった」
『ん、またきく』
ミミルも言葉の壁を痛感したのだろう。恐らく、ある程度言葉を覚えてから尋ねられることを期待しているように思う。
「ところで、第2層なんだが……」
出口階段の外を見ると、既に日が沈みかけている。
石の上というのは冷たく、ずっと座っているとじわじわとダメージを受けるし、寝転がって眠るにも厳しい場所だ。
食べるものに関してはミミルの空間収納に仕舞ってあるので問題ないが、ベッド……いや、最低でも寝袋くらいは欲しい。
「夜になってることだし、戻らないか?」
『もどる、ない。にそう、いっそう、じかん、ちがう。にそう、いっそう、はんぶん』
2層は1層の半分……1層は地球時間の5分の1だから、2層は地球時間の10分の1。
地球上の1時間は、この第2層で10時間もあるということか。
この第2層で10年過ごしても地球に戻れば1年。
普通なら10年経てばそれなりに老け込むはずだ。だが魔素が老化を防いでくれる……ダンジョンに入るメリットばかりで何か裏があるんじゃないかと心配になってくるな。
もしかすると、階層によっては逆のパターンもあるのかもしれない。
どこかの階層で暫く留まっていたら、地球に帰ると100年経っていたとか……そういえば、そんな日本昔ばなしもあったが、まさかな。
と、思考がそれてしまったが、それだけ時間の経過がゆっくりしているなら、この第2層に残る意味がある。
ポケットに入れたスマホを見ると、7時間と少し経過している。
この第2層に来てからそれほど時間が経っていないはずなので、第1層で7時間使ったとすると、この第2層で6時間留まっても地球上では合計2時間だ。ずっと起きたままというのは辛いかもしれないが、魔素に満ちたダンジョン内は不思議と眠くならない。大丈夫だろう。
この部屋で時間を有効活用したいなら、お尻が冷えないように椅子なども持ち込みたいところだ。
第2層の入口部屋を出たら都合よく丸太が落ちているとか……ないよな。
階段を上がって様子を見ると、そこは第1層と同じような草原の中だ。
違いは近くに森などもあることだろう。最悪は森で木を切って椅子になるものを作るしかないだろうな。
ただ、その前に……。
「椅子になるようなものはないか?」
『ある、これ――』
ミミルに尋ねてみると、二つ返事で丸太を一本取りだした――。