第1話
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超スローペースで進む非テンプレ系現代ファンタジーです。
数か月にも及ぶ店の内装工事が終わった。
数年前の事故で亡くなった両親の遺産で買った京町家だ。外観や通り庭はそのままだが、中は大きく変わっている。
まず、1階部分を小さくてモダンなレストランに、2部屋ある2階部分は事務所兼スタッフルームと俺が暮らすための居住スぺースに変更した。
玄関を入ってすぐの場所にあった店の間はキッチンに。元々道路に面している部屋なので糸屋格子がついた大きな窓がついていて、隙間から調理風景が見えるようになっている。ここには、内装工事の大工や左官職人たちのために飲み物を冷やしておくための冷蔵庫しかいまは置いていない。
中の間、奥の間をぶち抜いた客席はダークブラウンのフローリング。元が町家なので漆喰塗りの白壁から見える煤けた柱や梁などにもよく合っていて、違和感はまったくない。ただ、玄関や通り庭は土間なので、お客さんには沓脱石で靴を脱いでもらう必要がある。冬場は寒いように思うかも知れないが、客席には床暖房が入るようになっているし、冬には薪ストーブも設置する予定だ。
いまは何もなくて殺風景だが、これから各地で買い集めた食器や調理器具、テーブル、椅子なども搬入されて更に店らしくなっていくだろう。
店の名前は「羅甸」。
イタリア料理やスペイン料理などを出す店だし、この街の雰囲気に合わせて漢字を使いたかったのでこの名前に決めた。
俺は冷蔵庫から缶ビールを1本取り出すと、客席の奥にある縁側にどっかと腰をかけ、奥庭を眺める。
室内のモダンな雰囲気とは逆に、苔生した石と白い砂利、石灯籠やいろはもみじの木などがここが古都の街中であることを思い出させ、心を落ち着かせてくれる。
昨日から花が咲いたもみじは葉が透きとおるほど薄く、鮮やかな若葉色で実に美しい。
こうして庭がある店を手に入れ、そこで何を気にするでもなく自分のやりたいことをやる。それが俺の夢だった。
それもあと半月もあれば叶うところまでやってきた。
プルトップを引いて乾いた音を立てると、開いた穴から小さな泡が弾ける音が聞こえてくる。
その囁くような音に俺は喉を鳴らし、一気に中身を呷る。ゴクリ、ゴクリと飲み込む音が続くと、だんだん喉が冷えてヒリヒリと痛くなる。やがて、その痛みを我慢ができなくなると、プハァと声を出して息を吐き出した。
1日の締めくくりに飲むビールは本当にうまい。
「あと少しだな……」
ようやくここまで漕ぎつけたという喜びや達成感、開店に向けた不安、緊張――様々な思いや感情をないまぜにし、俺は独り言ちる。
そうして5分くらい庭を眺めていただろうか……。
ふと、庭の方から岩や石に何か硬いものを打ち付けているような音が聞こえた。
この店は雰囲気を壊さないよう防音にも気を配っているので、ちょっとやそっとの音ではこの客席まで聞こえてくることはない。ということは、相当大きな音だ。
俺の店以外でも工事をしているのか?
大きな音をたてるなら、事前に挨拶くらいしてほしいところだ。
まぁ、特に気にすることはないだろう……。
音は次第に大きく、近づいてきている気がする。
いや、やはりおかしい。
この音はなぜか奥庭から聞こえてくる。
奥庭の横にあるトイレや風呂周りの工事はもう終わっているので、そんなところで誰かが工事しているはずもない。
最初は小さかった打撃音だが、だんだん大きく、強くなってきている。
そして更に叩きつける音が数回したあと、その打撃音がまた変わった。
明らかに石に金属を叩きつける音がして、その後にその石が崩れるような音。
え、穴が開いたんじゃないのか?
なんで?
どこに?
俺は心配になり、慌てて縁側に出る。
縁側の先には廊下があって、その向こうには広い風呂場や男女別のトイレを作るために……いや、いまはそんな説明をしている余裕はない。とにかく、音がした場所へと急ぐ。
扉を開いて、縁側の先にある扉を開き、通り庭からつながる廊下に出た。
廊下の突き当りには奥庭に出るための扉がある。その手前右側が従業員用のトイレだ。
音が聞こえたのはそのトイレのあたり。
通り庭から続く廊下を抜けてトイレの前まで来ると、深呼吸で少し弾んだ息を整える。
「ふぅぅ……」
そっと従業員用のトイレの扉を開くと、シャワートイレが蓋を開いて歓迎してくれた。
ここの壁や床には異常がない。
ということは、穴はもう1枚の扉の向こうということになる。
いったい誰が、なんの目的でこんなところで穴を掘っているのか。訊いてみなければわからない。
だが、その誰かは間違いなく穴を掘るための道具を持っているだろう。
スコップやツルハシは凶器以外の何ものでもない。
俺は扉を開いてその先にある庭へと顔を出す。
地面を見ると巨大な穴が開いていた。この店のトイレの個室より大きい――畳1枚くらいの大きさはある。
そしてそこには、ツルハシを担いだ10歳くらいの少女がこちらを見上げていた。