死別、そして始まりの話
夜の帳に包まれて、本来であれば虫の息づく音が世界を支配する時間帯になっても人々は慌ただしく活動していた。
「おい!!家族でいないものはないか?!」
「はい、子供たちは全員ここに…」
町中の男たちが燃えている家をこれ以上広がらせないように2件隣の家を叩き壊している最中、また違う家に新たに火を放つ敵国の間者や野盗、敵国の兵隊が町人を虐殺を行なっていて、そこら中に火の粉や血が散乱していた。
「…ここは、もうダメだ。他の国に逃げるしかねぇ!大事なもんだけ持ってここを離れるぞ」
周りを見渡すと、自分らと同じように他の家族も台車に荷物を乗せて移動を開始しているところだった。
「火ノ本一の城が真っ赤に燃えてら、ここは平和で安全に暮らせると思ってたんだがなぁ…っと、ばーさんは末っ子抱えて台車に乗ってくれ、火がウチさ燃え移る前に移動すっぞ」
家族の一団が大きな荷物を抱えて、闇夜に消えていった遥か後方には、かつては天下統一を目前にしていた巨大なお城が轟々と燃えていた。そこらかしこに怒号や悲鳴が聞こえ、かつての繁栄は微塵も感じないほどの凄惨な世界へと変貌している。
一方、轟々と燃える城の中で深傷を負いながら僅かに息をするものがいた。それは、火ノ国の国主であり城主大名でもある武藤清正公であった。
「はぁはぁ、火ノ国十本槍とも言われたこのワシがやられるとはのぉ…」
肩には折れた剣が突き刺さったままで、無数の切り傷に加え口からは吐血した後も見られる。
「…殿」
武藤清政公の鎮座していた正面の扉がスッと開くと、老齢ながら凛とした佇まいで歩み寄る忍び装束の男が入ってきた。
「おぉ、爺…。我が息子は逃げ果せたか?」
「はっ、完全に包囲されておりました故、少々強引にではありましたが無事に同盟国へ引き渡しました」
「そうか…爺よ恩に着る」
「もったいなきお言葉」
「…して、ワシは逃げおおせるかの?」
「残念ながら、その深傷であれば移動中に絶命するかと…」
「ふはは、そうかそうか。お主は昔からワシに嘘はつかぬからのぉ!!ゴホゴフォ…」
「申し訳ありませぬ」
「…よい。ワシが赤子の頃からそうじゃ。よくぞ今までワシに…いや、この火ノ本に支えてくれた。…一つ頼まれてくれんか」
「何なりと」
「爺、ワシを打ち首にせい」
「…」
「この清政、敵にだけは打たれとうない、晒し首にされるのも御免じゃ。胴は城から放り出して首を隠せばワシを打ち損じたと敵も動きが鈍くなるはずじゃ。そうなれば、ワシを助ける為に他国の奴らが動き易くなるはずじゃ」
「…承知」
「すまんの、お主には損な役回りのみで…」
「先先代より我が生涯を捧げております故」
「…ふむ、では最後にもう一つだけ。ワシの首を誰にも見つからぬとこへ隠し遂せたのならば、お主には暇を出そう。少ないかも知れんが残りの余生は我が藩に仕えることも敵の藩に仕えることも禁ず。思うがままに生き、そして死ね。よいな?」
「…承知」
武藤清政公は老齢の忍者が承諾したのを確認すると少しだけ微笑み、後ろを向き正座をした。
背筋をピンと伸ばし、少しでも首を切りやすいように顎を引きゆっくりと目を瞑る。
キィィン…
燃え盛る火の中、音速を超えて放たれた小太刀の斬撃が繰り出され、首と胴が離れる瞬間、武藤清政公が最後に聞こえていたのは爺の涙する声だった…