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本業は休業中〜バレンタインの天使〜

作者: 三冬月マヨ

道行く人達が吐く息も白く、マフラーに顔を埋めたり、寒さからか、仲の良さそうな男女が寄り添い歩いている。

そんな冬の寒さが続くとある日。


「よしっ!」


一人の小柄な女性がとある喫茶店の前で、意を決したかのように発声して、その扉を開けた。

店の名前は、森の小径。

近くにある高校の学生向けのリーズナブルな値段設定の為か、それ以外の層にも人気の店だ。

店の扉には、あるポスターが貼ってあった。


『2月13〜15日。バレンタインイベント開催中(※要予約)』


まさに、今日はそのど真ん中の14日。

何処かからか聞こえてくる、リア充シネだの、爆ぜろだの、そんな諸々の呪詛がピークに達する日でもある。


「いらっしゃいませ」


店に入った彼女を出迎えたのは、白銀の貴公子と呼ばれる、20代半ばの男性の従業員だ。

瞳は蒼く、背中まで伸ばしたストレートのプラチナの髪を、毛先の方で軽く結んでいる。

黒いベストに白いシャツ、黒いスラックスに包まれた脚は、すらりと長く、店に来る女性達の半分近くは彼目当てである。


「あ、あの、15時に予約した羽川ユキです」


この店には何度も通っているが、こういったイベントの時はいつも緊張すると、ユキは肩に下げたトートバッグを持つ手に力を入れた。

本当は、三日間全てに参加したかったのだが、予約が取れたのが今日のこの時間だけだったのだ。残念だが仕方が無い。それだけ人気なのだと思えば。


「はい、お待ちしておりました。羽川様、お席までご案内致しますね」


優雅に微笑む白銀の貴公子は、本当にその名に相応しいとユキは思う。それは、店の中でだけかも知れないが。それでも良い。どうせ店の外で会う機会など無いのだから。

身長は180を超えているだろうか? 自称150センチのユキは羨ましそうに先を行く背中を見つめる。


「こちらです」


白銀の貴公子がテーブル席の椅子を引いて着席を勧める。

これは、イベントだけの特権だ。

照れながら、ユキは引かれた椅子に腰を下ろす。


「真白の天使を御指名でしたよね? 只今参りますので、少々お待ち下さいませ」


「は、はい」


第一関門突破と云う感じで、立ち去る白銀の貴公子を見送ったユキは大きく息を吐いた。

今日のこの日を楽しみにしていたユキは、昨夜は遠足前の子供のようにワクワクしてなかなか寝付け無かった。

ワケでは無く、睡眠はばっちりである。

何せ目の前の空いている席に、推しの真白の天使様が座ってくれるのだ。そんな特別な日なのに、目の下に隈を作るなんて失態を侵す筈も無い。

そう。

この店のバレンタインイベントとは、客が推しメンを指名し、指名された推しメンが、店が用意したショートのチョコレートケーキを一口だけ食べさせてくれると云う、何ともぶっ飛んだ内容だった。

予約必須のイベント。価格はドリンクとチョコレートケーキのセットで1000円と高めの設定だが、ケーキを食べさせて貰える僅かな時間とは云え、推しメンを一人占め出来るのだ。

それに、通常メニューのリーズナブルな価格に対するお布施だと思えば納得出来る。

何せ一部を除いたほとんどの品物が、450円なのである。

しかも、50円プラスするだけでドリンクがついてくるし、更にはその50円で大盛りにする事も出来る。僅かワンコインでドリンクも飲める上に、大盛りにまで出来るのだ。

それは、マスターが部活帰り等でお腹を空かせた学生達に、少しでもたくさん食べて欲しいから…と云う気持ちからではなく、ただ単に計算が面倒だからと云う理由からである。

イベントと云い、マスターと云い、やはり何処かぶっ飛んだ店であるのは間違いない。


チン。と、甲高い音が店内に響く。

各テーブルに置いてある呼び鈴だ。


その音に導かれた先を見れば。


「お出かけですか、お嬢様」


白銀の貴公子と同じウェイター服に身を包んだ従業員が客の横で膝をつく姿があった。

ハンサムショートと呼ばれる髪型の()()の名前は、残酷な鮮血。白銀の貴公子と同じく、女性客の半分近くの人気をかっさらう従業員だ。年齢は20代前半だろうか?

慣れた仕草で右手を差し出し、乗せられた客の手を優しく包みこんで立ち上がらせ、椅子に掛けられていたコートとバッグを手にして、歩き出す。


(あの人のシチュエーションは、お嬢様とその執事かあ。その手もあったかあ。でも、私は…)


「お帰り〜、お姉ちゃん」


物思いに耽ってたユキの心臓が、その声にぴょんと跳ね上がった。

ユキのテーブルに笑顔で両手をつく彼は、ユキが指名した真白の天使だ。

脱色しているのかは不明だが、真っ白な白髪に、おそらくはカラーコンタクトなのだろう、紅い瞳。

少年に見える外見だが、ユキの一つ下の20歳だ。

身長はユキと変わらないくらいか、少し高いぐらいだ。

支給された制服は、白銀の貴公子や残酷な鮮血と違って、少しダボっとしている。だが、それが良いとユキは思う。


「あっ、た、ただいま、天使様」


「むぅ、なあにそれ? 真白って呼んで?」


少し拗ねたように、真白の天使はユキの鼻を人差し指でつつく。


(っ…! か、可愛いっ! 可愛すぎて鼻血噴きそうっ!! ありがとうございます、ありがとうございますっ!! 今日はこの鼻は洗いませんっ!)


いや、洗って下さい。薄くとは云え化粧をしているのだ。

スキンケアはきちんとした方が良い。いつまでもあると思うな、肌の張り。

さて。ユキのリクエストは、甘えん坊の可愛い弟。

それを見事に演じられて、ユキは抱き締めたい衝動を抑えるのに必死だった。

テーブルに隠れて見えないが、膝の上に置かれている両手はワキワキと動いている。

どうか犯罪に走らないように、その両手はそのまま膝の上に置いておいて欲しい。


「ねえ、ボクケーキを焼いたんだよ。食べてくれる?」


「う、うん、もちろん」


「良かったあ。直ぐに持ってくるね。飲み物はアイスコーヒーで良い?」


「あ、ガムシロとミルクは…」


「ブラックだって分かってるよ、もう。」


腰に手をあてて、唇を尖らせる真白の天使にユキの鼻血メーターは振り切れ寸前だ。

だが、ここで振り切らせる訳にはいかない。

何故なら、それが為に真白の天使に血のイメージがついてしまうかも知れないからだ。

残酷な鮮血も、当初は違う名前だったらしいが、とある一人の女性客が、彼女の不意の流し目にやられて鼻血を流した事が原因で、そう呼ばれるようになったらしい。

そう、斜め向かいのテーブル席に居る、鼻血をたれ流しながら残酷な鮮血に、ケーキの一欠片をグイグイと押し付けている女性客のように…。


(あ。如月レイラさんだ。また、鼻血垂らしてる…。そう云えば、レイラさんのせいで残酷な鮮血様になったって噂が…)


否。

噂ではなく、事実であり真実である。

残酷な鮮血の流し目にノックアウトされたレイラが『あなたは残酷な人だ』と、呟いた事から来ている。

ユキが何故、如月レイラの事を知っているのか。

それは、友人だからと云う訳ではないし、織部(おりべ)の常連だからと云う訳でもない。

ただ、単にレイラがその世界に置いて人気を誇るBL作家だからだ。

イベントでは毎回壁をキープしている、所謂大手と呼ばれるサークル。

作品もさる事ながら、その書き手が見事なブロンドに切れ長の碧眼の美女となれば自然と人も集まる。

年齢は永遠の25歳(T○itter参照)。髪は肩までの長さ、それを後ろで一つに結び、アップにしてバレッタで留めている。

服装はいつもピシッとしたスーツで。

視力が悪いのか飾りなのかは不明だが、銀のフレームの若干丸みを帯びたレンズの眼鏡を掛けている。

クールな有能秘書とやらを体現すれば、こんな感じなのだろうか?

その、有能秘書は何故、鼻血を垂らしているのだろうか?


「ちょ…レイラ様、いい加減に…」


「あら。あなたが席に着いてから、お客にケーキを食べさせるまでの制限時間は20分の筈よ? なら、それまでは私の好きにしていい訳よね? ほら、貴女が食べてくれたら、私も素直に食べるから。ね?」


レイラの言葉が耳に入った客達…既にケーキを食べさせて貰った客達が一斉にそれぞれのバッグや、コートのポケットを漁り出した。

ユキはまだケーキを口にしていないが、同じようにバッグを漁り、予約時に書いた注文書の控えを取り出す。


(何処? 何処に書いてあるの、そんな事?)


織部に入ったばかりの頃、値段やお酒の名前を覚えるのにメニューや酒瓶をガン見してた記憶が蘇るが、今日のそれは当時の比では無い。

レイラの言葉が真実ならば、20分間もの間、真白の天使を独占出来るのだ。この機を逃さずしてどうする。


「…あった…! 裏だ!!」


客の一人の叫びに、皆が注文書を裏返す。


「く…ッ! 予約が30分刻みだったのは、こう云う事かあああああッ!!」


(う、裏!? 裏って…)


ユキも勢いよく注文書を裏返し、注視するが。


(ええ〜? 普通に真っ白だけど…うん、下の方に薄いグレイの模様がある…だ…けええええええっ!?)


がばっと、注文書と顔がくっつくぐらいの勢いでユキは前のめりになった。

その勢いで両手で持っていた注文書に皺が走るが、そんな事は知ったことではないと、ユキはその模様を凝視していた。

それは、模様に見えるようにと書かれた文字だった。


(な、何て手のこんだ…えぇと…)


『従業員がお客様のパートナーで居られるのは、席に着いてから20分間です。その20分をどう使うかはお客様次第です』


(…っ…な、な、表には一口だけケーキを食べさせて貰うって…だから、直ぐに終了だと思ってた…。それにしても…)


ユキはちらりと視線をレイラに向けた。当然、他の客達も。

レイラが、何故、これに気付く事が出来たのか?

それは、物書き故のサガと言えよう。

幾度も何万、或いは何十万文字もの文章を推敲しているのだ。

重箱の隅をつつくように、何度も何度も。

そんなレイラが、注文書の文章を一読だけで終わらせる筈がない。何処か間違いが無いかと、何度も確認するのは当然の事であり、その末に裏面にある、模様のような飾り文字に気が付くのも必然である。


『…レイラ…恐ろしい人…!!』


客達の心の声が一致した瞬間だった。


「どうしても、私の(ケーキ)が食べられないと云うのなら、跪いて靴をお舐めっ!!」


『あ、女王様とその下僕なんだ…』


客達は一斉にそう思い、その目を半眼にした。


「出禁になりますが?」


すっと、下僕から店の従業員へと戻る残酷な鮮血に、レイラは慌てて言い繕う。


「つ、つい口が滑ったわ! この私が、貴女にそんな事をさせる訳がないじゃないっ! むしろ、私が貴女の脚を舐めまわしたいくらいだわっ!!」


…繕えて無かった。


レイラのあまりな発言に、店内の客全員が身震いをした。

ユキとて例外では無い。両手で自分の身体を抱き締めて周囲を見る。


(…あれ…。何か一気に気温が下がったような…? 気のせい…よね? 白銀の貴公子様も、漆黒の大魔王様も涼しい顔してるし…)


残酷な鮮血は瞳を閉じて額に手をあて、重い息を吐いた。


「………分かりました。食べますよ。ただ、その後はそちらのフォークは回収させて頂きます。新しいフォークを用意しましょう」


「なっ!! そんな事されたら意味無いじゃない! 思いっきり、舐り倒すつもりなのにっ!!」


『………レイラェ………』


客全員がテーブルに肘をつき顔の前で手を組み、それに頭を乗せて脱力した。

如月レイラとは、有能秘書ではなく、ただの変態秘書だったようだ。


「…レイラ様…」


残酷な鮮血は眉間に寄った皺を解すように人差し指と中指をあててから、軽く溜息をつき右手で口元を隠すようにして身を乗り出した。


「な、なあに?」


その仕草にレイラも身を乗り出して、残酷な鮮血の口元に耳を寄せた。


(あ、いいなあ。あんな耳元で声を聴けるなんて)


しかし。羨むユキの思考とは反対に、レイラは一瞬身体を硬直させたかと思うと、小刻みに震え出した。

レイラの視線は、カウンターの方へと向けられている。

カウンター付近には、白銀の貴公子と漆黒の大魔王が微笑を携えて佇んでいるだけだが、レイラには何が見えているのだろうか?

いや、真白の天使がドリンクとケーキの乗った皿を持って、歩いてくる姿も見えるが…世の中には、知らない方が幸せと云う事もある。


「し…仕方ないわね、貴女がそこまで言うのなら、た、食べてあげるわ」


顔面蒼白になったレイラは椅子に座り直し、目を閉じて口を開けた。その従順な姿に残酷な鮮血は軽く嘆息してから、レイラからフォークを受け取った。


「もお。ダメダメだね、レイラお姉ちゃんは。ユキお姉ちゃんもそう思うよね?」


残酷な鮮血とレイラとの遣り取りに気を取られていたユキは、その声にはっとなって慌てて返事をする。


「えっ、あ、うん」


(なんてこと! 私ったら、真白の天使様に気付かないなんて…。ああ。でも、名前を呼んでくれたぁ〜)


「はい、アイスコーヒーとケーキお待たせ」


真白の天使はユキの動揺を他所に、注文の品をテーブルに置くと「えへ」と笑ってユキの対面に腰を下ろした。


(うう〜、可愛すぎる〜。もう、萌えが萌やってるよ〜)


「ねえ、ユキお姉ちゃん。お願いがあるんだけどな?」


頬に人差し指をあて、こてんと首を傾げる真白の天使に、ユキのMINまで下がっていた鼻血メーターが、ぐんぐんと上昇を始める。


「あ、な、なに?」


(どんなお願いでも、お姉ちゃん無条件で叶えてあげるよ〜!)


「お小遣いちょうだい?」


「喜んで!」


勘違いのないように言っておく。

真白の天使が言う“お小遣い”とは、このイベントの料金の支払いの事である。

先に会計を済ませる事によって、レジに寄る事なくスムーズにそれまでのシチュエーションを継続したまま、店を出る事が出来るのだ。

だから“お小遣い”を受け取った真白の天使は、ありがとうと言うと同時に予め書いておいた領収書をユキに差し出した。


(ふわあ〜。天使様直筆の領収書〜。額縁に保存〜)


「それでね、このケーキなんだけど我ながら上手く出来たと思うよ? あ、味見はしてないんだけどね。真っ先にお姉ちゃんに食べて欲しくて」


そう言いながら真白の天使はフォークでケーキを一口サイズに切り、添えられている生クリームをつけて、ユキの口の前に差し出した。

が、ユキはそれに一瞬躊躇した。

先のレイラの一件が脳裏に過ぎったからだ。


(…でも…最初から知ってたのなら良いけど…ずるい、よね? 昨日来た人達とか…多分知らなかったと思うし…うん)


自分は気付かなかったのだ。他人に教えられて、それを実行するなんて厚かましいし、ずるだとユキは瞳を閉じて口を開いた。

が、いつまで待っても口の中にチョコの若干の苦味や生クリームの甘さが入って来ない。

どうしたんだろう? と、閉じていた瞳を開くと。


「…そんなにボクと一緒に居るのがイヤ?」


(えっ!?)


紅い瞳を潤ませて、寂しそうに笑う真白の天使が居た。


「え、え、そんな事は…」


(え、だって、そんなレイラさんみたいな事して困らせたくないし…)


「じゃあ、最初の一口ボクにちょうだい? やっぱり味見したくなっちゃった」


そうニッコリ笑うと真白の天使は、ユキにケーキの乗ったフォークを握らせた。


(さ、触ら…! て、て、手握られた…! この右手も、今日は洗わないっ!)


いや、洗って下さい。まだ空気の乾燥している時期で、インフルエンザも地味に蔓延しているのだから。


「はい、あ〜ん」


そう言って瞳を閉じて口を開く真白の天使を前に、ユキのフォークを持つ手が震える。


(ううう、震える…。い、いいのかな? い、いいんだよね? 天使様が言い出したんだし…)


手の震えを少しでも抑えようと、ユキは左手でフォークを持つ右の手首を掴む。


(…天使様のお顔を汚さないように気をつけないと…)


時間は掛かったが、ユキは真白の天使の口周りを汚す事なく、ケーキを食べさせる事に成功した。


「うん。ちゃんと美味しく作れたね。じゃあ、お姉ちゃんも。はい、あ〜ん」


「えっ。フォークの交換しないと…っ…」


残酷な鮮血が言っていたではないか。それはレイラの変態性を見抜いていたからではなく、恐らくは衛生的観念からなのだ。

従業員が気付いていないだけで、風邪、或いはインフルエンザが潜伏している可能性もあるのだ。夏場ならば食中毒の危険性もあるだろう。


「え〜。ボクのケーキが食べられないの?」


唇を尖らせて拗ねて見せる真白の天使に、ユキの理性は崩壊寸前だ。


「うぅ…」


(が、我慢するのよ、私! も、もし食べて私に何かあったらお店の評判が…! それに、そんな事になったら天使様に会えなくなっちゃう…!)


頑として口を開かないユキに、真白の天使は身を乗り出してくる。


「ね? ユキお姉ちゃん?」


(ちかっ! 顔近っ!!)


息が掛かるくらいの距離まで詰められて、ユキの理性も鼻血メーターも振り切れ寸前だ。

もう、このまま店と心中してしまおうかと、ユキが口を開きかけた瞬間。


「おい、いい加減にしろ真白。客を困らせているんじゃねえ」


ゴンッと鈍い音とともに、低い声が店内に響いた。


「痛っ!!」


真白の天使が頭を抑え、自分の横に立つ人物を見上げて抗議をする。


「酷いよ、バカ! いきなりゲンコツで頭殴るなんて!」


「うるせぇ、バカはどっちだ。悪いな、このバカがやらかしてよ。ほら、新しいフォークとケーキだ。その喰いかけのは、そこのバカにやってくれ。ああ、そのケーキの金は要らねぇから」


「あ、は、はい。ありがとうございます」


ユキの窮地を救ったのは、この店のマスターの“バカ”だった。

いや、胸のネームプレートにそう書かれているのだから、仕方が無い。

身長は190を超えているのだろうか? 年齢は20代半ばから後半ぐらい。短く刈られた赤い髪。顔には黒いサングラスを。服装は黒いシャツに黒のスラックス。その上に白いエプロン。シャツのボタンはきちんと留められておらず、袖は肘の辺りで捲られている。

マスターは肩越しに振り返り、テーブル席で一人、ドリンクだけを手にした客に声を掛けた。


「おう、悪いな。お前さんに出す予定のヤツだったが、ちと辛抱してくれや。すぐに用意するからよ」


「へい! 兄貴!!」


(あ。指名中だったんだ。…って、どんなシチュ?)


そのシチュエーションに頭を悩ませながらも、助かったとユキは胸を撫で下ろした。


「うぅ〜、痛いよぉ〜。もお、バカ兄ったら酷いよ〜」


涙目で頭を抑えながらも、弟を貫く真白の天使にユキの口元が綻ぶ。


「ほら、泣いていないで食べよう?」


マスターから渡された新しいフォークを手に取り、ケーキを食べようとしたユキだったが。


「あ、ダメ!」


「え?」


思わぬ真白の天使の言葉に手が止まった。


「最初の一口は、ボクが食べさせるの。ほら、貸して?」


「あ。うん、お願い」


そう云えばそうだったと、ユキは頷いて手にしていたフォークを真白の天使に渡した。


「はい、あ〜ん」


「あ〜ん」


とても微笑ましい光景だ。

この一画だけを切り取ればの話だが。

あちらこちらから、「今月のアガリです」とか「今月は生活が苦しくて…」とか「このメス豚が」とか「はあい、お口を開けて下さいね〜? 苦しくても吐き出したらダメですよ〜?」とか、なかなかにカオスな会話が聴こえるが…。気にしたら駄目だ。


「うん、美味しい」


ケーキを飲み込んでから口を開くユキに、真白の天使が笑顔で続ける。


「うん、良かったあ。ケーキを食べさせたら終わりだけど、ボク、このケーキ食べなくちゃならないから、まだ居てもいいよね?」


「あ…」


「バカ兄も、たまにはイイことするよね?」


悪戯っぽく笑う真白の天使に、ユキも『そうだね』と笑う。

この店が、マスターが人気なのも頷ける。

白銀の貴公子と違い、マスターの場合は女性客よりも、男性客の人気の方が高いのだが。

マスターがくれた、細やかなバレンタインプレゼントに、ユキは『明日からまたバイトに励むぞ!』と、固く胸に誓うのだった。


年末から年明けに掛けて、何書いているんだろう…ふと思いついたら止まらなくなりました。


これを読んで下さった方々に。

今年一年が良い年でありますように。




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