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迷子の迷宮 2  作者: 久稀
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双子の願い

久しぶりの更新…が、どうしても出来なくて…シリーズで繋げていく事になりました。


さて、今回はファンタジアシリーズ2。

相変わらずの探索のお話です。

無職の元勇者アーディは今日もお宝を探しに行きます。


アーディの夢は不可解なものが多い。


 炎、水、白銀の子犬、体の長い水龍。

 それらは、断片の映像で流れゆく。取り留めのない、繋がりがわからないものばかり。


 たったひとつだけ、覚えているのは兄の存在。兄がアーディにいたという記憶だけが残っていた。


 何かを探さないといけないはずなのに、それが思い出せない。

 そのために、何があっても生き延びること。


 すべての夢と記憶は砂のようにこぼれ落ち、かき集めようとしても消えてしまう。残ったのは兄の『生きろ』という言葉だけだった。


 生き続けなければいけない。


[迷子の迷宮]


「迷子になる地下迷宮? そもそも迷宮は迷子になるじゃないの? その話は疑わしいな」

 長い金髪を器用に編み込みながら、エルフのキアラは馬鹿にするように、鼻で嗤う。

 女性でありながら話し方は男性的。

 変わり者だと郷でも言われていたらしい。そんな彼女は好奇心で郷の外へ飛び出し、アーディのパーティにいてくれている。


「違う。『迷子の地下迷宮』だ」

 アーディは噂の内容を正しく言い直す。

 その話は、薬草を交換した薬屋で聞いた話だった。

「大した話でもないんだけど、地下迷宮自身に自我があって、迷子になっているらしい。最下層に宝があるらしいのだけど、そこに道がつなげないって、迷宮自身が嘆いているらしい」

 キアラは食いつかない。

 探索には準備金が必要になる。帰りには必ず損にならない物を持ち帰らなくては、生活が成り立たないから。


 ハーフリングのフィリアは、不確かな情報に溜息をつく。

「罠とかじゃなかったら、俺は出番ないじゃん。俺は罠解除専門だからなぁ」


 少女姿の聡明な僧侶ミュラは、何かを考え込んでいる。

「……宝って何かしら? 迷宮が嘆くくらいだから、相当なものなんじゃないかしら? 高く売れたら生活も潤うわね」


 確かに宝と言っても、いろいろある。売れる物から売れない物。呪われるものまで。


「それって『迷子の迷宮』じゃなくて、『嘆きの迷宮』じゃなかったっけ?」

 キアラはふと思い出したように話す。


 確かに『嘆きの迷宮』だった。

 でも今では嘆いている理由が、迷子だということが分かって、ほとんどの者が『迷子の迷宮』と呼び方を改めた。

 そして、その嘆くほどの宝というのが、迷宮自体も忘れてしまっているらしい。


「なんか乗り気になれないな……」

 キアラの言葉に、アーディ以外の皆が頷いた。

 ここでめげていても始まらない。

 無理矢理でもやる気が出るように、説得するのがリーダーであるアーディの役割だ。

 このパーティのおかげで、アーディも口が上手くなったと思う。

 そしてパーティの皆もなんだかんだ言っていても、アーディについて行く。

 それぞれが様々な問題を抱え、協力していくのだから、それなりに信頼関係が築かれていた。


**


「で、ここがその『迷子の迷宮』なのか」


「……入り口は普通なのに、中で迷宮が迷子になっている……それって、私達も地上にも帰って来られないとかあるかしら?」


 キアラとミュラが入り口の奥を覗いて、その闇の深さに感想を漏らす。


「実際にここから帰って来た者はいないらしい」

「アーディ、それは無理。入れないじゃんっ」

 アーディが噂話であえて伏せていたことを、ここで説明する。

 案の定フィリアが噛みついてきた。


「あーーいや、ちょっと情報を整理しようか。そもそも自我を持つ地下迷宮というのは、一体どんな状況でそうなるものなんだろうか?」

 アーディは百六十歳越えのミュラ、にそう尋ねた。

 経験が豊富なら、年長者に聞くのが一番良い。


 ここにいるキアラは二百歳越えているが、興味のないものには全く覚えようとしないので、あまりあてにならない。

 だから、一番堅実なミュラにアーディは話を振る。


「……そうねぇ。迷宮自体に何らかの魔法……あるいは呪いがかかっている可能性が出てくるわ。あるいは、迷宮自身に自我があるのではなくて、そこに精霊や目視しづらいモンスターが棲みついている可能性くらい……かしら?」


 さすがはミュラ。

 いろんな可能性を引き出してきた。

 そしてキアラの耳が『呪い』という単語にピクリと動く。

 もう一押しだ。


「だとしたら、妖精やモンスターとの、交渉が必要となると、キアラがいてくれたら助かるな」

 アーディは考える。

「なあキアラ。地下迷宮自体に呪いがかかっていた場合は、どういった対処が出来る?」

「そうだなーー解呪する方向が良いとは思うけれど、大規模だよ。結構きっついぞ、それ」

「だよな」

「罠とかなら、俺がなんとか出来るけど。精霊とかモンスターとか呪いとなると手が出せない」

 フィリアは空を仰ぐ。


「では、もう一つの可能性を考えてみよう。迷宮自身がやはり自我があって、本当に迷子になっていたとしたら?」


 そんなことはないとアーディも思っているけど、もう一つの可能性として話をする。

 探索というのは、噂話などを頼りにしていたりするから、無駄な遠出になることもある。

 しかしながら、安定した職業を持てない身分としては、そんな噂話で動かなければ収入を得られない。

 現実は厳しい。


「……中の迷子を目的地に案内すれば、解決するとか?」

 ありえないと思いながらも考えてくれるミュラは、情報に強い。

「かもしれない」

 とりあえず、入り口でこうしてして時間がもったいない。

 前回の探索の聖剣は売れなくて、現在の資金は潤沢ではない。今度こそ高値で売れる物が欲しい。


 それに……昨日もアーディは就活に失敗した。

 鍬を持参して「畑仕事なら、腕に自信がある」と自己アピールしたが、手伝うだけ手伝って「さすがは元勇者様。鍬を持っているには惜しい腕でございます」と言われて、追い返された。

 そのうち、個人資金で畑を買おうかと思っているのだけど、それもなかなか上手くいかない。


「さて、思いつくものから試していこうか。被害がないものからと考えるとーー『迷宮自身に自我がある場合』からか」


 アーディは洞窟の入り口に立って、声を大にして中に話し掛けた。

「迷宮殿、お前は本当に迷子になっているのか?」

 しばらく応答がなかった。

 後ろでフィリアが腹を抱えて、笑っている。

「笑わせないで。大きい独り言って恥ずかしいな」

 恥ずかしいのは承知している。

 アーディなりに命をかけた探索は、いつでも本気だ。


「待って何か聞こえた」

 ミュラの言葉でフィリアが黙る。

『ーーーー』


 アーディには聞き取れない。

(これは精霊の声か?)

 そう思ってキアラを見るが、彼女も聞こえないらしい。


 と言うことは精霊の線は消える。

 モンスターも同様に消える。

 モンスターならまず襲いかかってくるし、そうじゃないときは通行料を欲しがるからだ。

 自我があるか、呪いか。それが悩むところだ。


「……ねえアーディ。迷宮全体が答えるなら、大声じゃなくていいのでは?」

「じゃあ、普通に話し掛けるか?」

 アーディとミュラの会話を、キアラとフィリアはじっと見ている。


「迷宮、お前が迷子なのは本当か?」

『ーーはい。迷子です』

 案外普通に話せた。

 その事にアーディは心底驚く。

『この迷宮のせいで、迷子になっています。どこに何があるか全く分らない』

 迷宮は幼い声で、答え泣き出した。


 どう想像したらいいのか理解に苦しむ。

 人で言えば、体内の内蔵がどこにあるか分らないとか、心臓が行方不明とかそんな感じだろうか? 

「アーディ……声に出てるわよ。人の身体と比べること自体、おかしいと気づいて欲しいわぁ」

 ミュラは溜息をつく。

「……もう一つ可能性が出てきたわ。『迷宮が迷子』になることはない。迷宮は常にそこにあるのだから。だとしたら、術が使われている可能性もあるかも……ね」


 確かに迷宮が迷子になっていたら、入り口も迷子になって移動しているだろう。


「あぁ、そうか。誰かが中に封じられている可能性があるのか。で、術によって迷宮と同化している、とか?」

 キアラがようやく、分ってきたと身を乗り出して話し出す。

「えぇ。その可能性が、大きいわ」

「つまり、その子の居場所を突き止めて、術を解いて、宝を回収するって事か?」


 フィリアは難しそうに眉をひそめる。手間が多いとぼやくのが聞こえた。

 確かに迷宮の奥深くに術が使われているのなら、罠もかなり仕掛けられている可能性もある。

 

「もっと簡単に考えれば良いんじゃないか?」

 アーディは案を提示する。

「迷宮の壁をひたすら、ぶち抜く。洞窟じゃないから、場所さえ間違えなければ崩落しない」


「元勇者アーディは、就活に失敗した腹いせに、ぶち抜きたいだけだろう」

 キアラは意地悪そうに笑う。

 ミュラはアーディの提案に乗る。

「アーディの言う通り、そうでもしないと……今度は私たちが中で迷子よねぇ……?」

 その言葉で話は決まる。


「よし役割を決めよう。俺とフィリアがどの壁をぶち抜くか決める。キアラとミュラは、迷子の気配を探る。それでどうだ?」


 アーディは荷物の中から、やたらと長い縄を取り出す。

「一応、命綱を。外の木にくくり付けて、中まで引き込もう」

「さすが元勇者。用意が良いことで」

 フィリアは嫌そうにそう言う。

 アーディとペアになって、迷宮を壊しに行くようなものだからだ。

「じゃ出発だ」

 そう言うとアーディは、様子を見てから中に踏み込んだ。


「魔法や呪いの気配は?」

 キアラもミュラも共に「ない」と即答。

 なら、一気に下まで行くかとアーディは考える。


**


「いやでも、だからってひたすら真っ直ぐに壁をぶち抜くか?」

 フィリアは呆れていた。

「でも、もう最下層だ。ここだろう?」

 ミュラを見ると彼女は頷く。

「……迷子はここの階層にいるわ。そして目の前のこの部屋全体に術が仕掛けてある。それで、迷子が迷宮と同化しているわ」

 中にいるのは、人ではないだろう。

 この地下迷宮の話は結構昔からある噂話だからだ。

 モンスターか精霊か……。

 悩んでも仕方ないから、最後の壁をぶち抜いた。


「あ、ほんとに迷子いた」

 キアラがそう呟いた。


「キアラ、あの幼女は何だ?」

「アーディちょっと待て、術を解かないと私にも分らない」

「……私がその術を解くわ。戦闘になっても大丈夫なように準備をして」

 そう言うって事は、あの幼女が何者かまだ分らないと言うことだろう。


 キアラが口の中でなにやら呟くと、術がサラサラと解けていく。

 幼女の泣声も無駄に反響せずに、この部屋だけで聞こえるようになった。


「なんて事だ。アーディ、アレは人だ」

 キアラは目を見開いて驚いている。

「術自体に、あの迷子の時間を止める術も、組み込まれていたのよ」

 ミュラが術の説明をした。

 今更、故郷に帰ったとしても、家族はもう……。

 なんとも言えない感情が、アーディの中で溢れた。


「アーディ、しっかりしな。術を解いたら、ここに置いていけない」

 フィリアがアーディにそう言う。

 我に返ったアーディは幼女に近づいて、すぐそばへ膝をついた。


「君、帰るところ分る?」

「外に出られたら、分るわ。お兄さん、ありがとう」

 見た目に合わない言い方をする。

「それはそうだろう。この子は時間を止められていたけれど、思考は働いていたんだ。精神的には成長している」

 キアラはそう答えた。


 アーディは迷子をじっとみる。どこかで見た気がしたからだ。

 ミュラもそれに気づく。

「人捜しのリストの中に、この迷子がいたわねぇ」

「……そもそも君はどうして、ここに閉じ込められていたんだ?」


 アーディは納得が出来なかった。こんな非人道的な扱いを、しかも幼い子に。


「双子で生れたから、良くないって。あと、あの宝を護るように言われてたの」

 それだけの理由で、こんなに長い時を。そう思うと本当に嫌になる。それをやってのけた、ヤツも、両親も。


「アーディ。その両親はおそらく、もういないでしょう。でも迷子のお姉さんがその子を探していたわ」


 それを聞くと幼女の迷子は、嬉しそうに「帰る」と言った。


**


 無事に迷子を家に送り届けて、人捜しの報酬を貰う。

 若いままの妹に、年老いた姉は驚いていたけれど、涙を流して喜んでいた。姉はずっと心を痛めていたのだろう。


 迷子が護っていたと言う宝は、そんなに大した物でもなかった。

 ただ、違法な術に使うものなども一緒に、入っていた。

「……違法な術は、許されないからね。証拠隠滅のつもりだったのでしょう」


 一緒にあった宝飾は普通に売ってしまった。幼女の迷子がそれを望んだからだ。


『迷子の私を、家に帰してくれたお礼に』

 そう最後に迷子は言った。


「あれ? そういえばキアラがいない」

「さっきの物の中に『呪いの指輪』があったってさ」

 アーディの疑問にフィリアは、そんなキアラを見送ったと言う。

 確実にキアラのコレクション行きだろう。


「……お腹空いたわ。今回は割とお金になって、良かった……」

「肉食べよう、肉」

「肉っ」

 ミュラとフィリアは、食べ物で盛り上がっている。先に店に行って、先に食べようかと思う。

 キアラは変わり者だけど、種族はエルフ。足が早いから、すぐ追いつくだろう。


「……そういえば、迷宮が迷子じゃなかったわねぇ」

「確かにな」


『迷子の(いる)迷宮』

 それが正しい言い方だろう。

 ともあれ、生きているうちに姉妹が出会えた事が嬉しかった。


 妹の名はラベリント。姉はジュメリ。

 長い時を経て、ようやくゆっくり過ごすことができるだろう。

     


無職の元勇者アーディの願いは、もふもふの犬と暮らしながら、畑仕事をすること。


なんども就職活動は失敗していて、そのささやかな願いは叶う目処はない。


また、ファンタジアシリーズ3でお会いしましょう。

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