コインクローク
アンダーグラウンドに佇んでいる黒いもの。それは生活の隅々で見かけられる。私たちはそれに気付きながら、または気付かないうちに、様々な憶測を表出させて自分の不安を解決に向かわせる。整合性とか論理性はこの場合は関係なく、ただ恐怖と多少の興味によって、理不尽な引力のように、無駄で偽善的な憶測をその往来に通わせる。
「これ。」
大きめの郵便封筒ほど、茶色の紙袋が手渡された。幼児期の子供の右腕ぐらいの重さを保つそれは、違和感と気味の悪さをアンバランスに同居させていた。持っているのも気持ち悪く、やっとのことだった。
「でも、これどこで…」
と私が口に出す前に、男が遮った。
「いいか、少し手間さえかければ、"こんなもの"はいつだってどこにいても手に入るんだ。最近の女はその重たそうな頭を使ってあまり物事を考えないようだからこの場を借りて反省を促しておくよ。」
熱心なフェミニストが聞いたら発狂しそうな文言を、私の目も見ずに、まるで虚空に話しかけるようにして言った。あるいはそれは趣味の悪いただの独り言だったのかもしれなかった。
新代田、午後11時、120円のコーヒー、茶色の紙袋。溜息はあまりに自然と出た。
こんなものを私は手に入れてどうしたかったのだろうか。男が去った今、一人で紙袋と対面しながら私はぼんやりと考えていた。
暗い夜が街を満たしていた。街灯はあからさまに霞がかり、気付けば周りにはもう誰もいなくなっていた。ガラスを揺らす生ぬるい風は何かを知っているような面持ちをしている。そんな事はない。そう言い聞かせながら紙袋を手に、不毛な店を出た。
自転車を漕ぐ。漕げば漕ぐほど紙袋は重みを増しているような気がした。いや、確かにそれは実際に、またひとつ、そしてまたひとつと重みを増していた。「気持ち悪い」「こんなものはもう持っておかない方が良い」と直感が私に強く、そして激しく囁いていた。背中にべっとりと心地の悪い汗をかいている。頭に酸素が回らない。まずい。息がきれる。私はほとんど駆け込む形で駅のコインクロークに茶色の紙袋を押し込んだ。あの忌まわしい紙袋の存在を目視できないことで心持ちはだいぶ軽くなったが、手には未だあの気持ち悪い感触がこべりついていたままだった。
2日後、あのコインクロークに行ってみると、私が茶色の紙袋を入れた23番のクロークは空きになっていた。中にはもう何も入ってはいなかった。私はホッとしたような、もう二度と取り返しのつかないことをしてしまったような、そんな心持ちでいた。外は日差しが暑い。クーラーの空回りする音が頭の中で永遠に鳴り響いていた。それからまた2日後、友人が死んだ。
茶色の紙袋の中身は少し大きめの自然薯とかです多分、知らんけど。死んだ友人は大学生のくせに酒カスヤニカス自主休講セックス三昧のクズだったので死んで当然ですね。あはははは。




