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3.血まみれジーニャ

2019.05.06 改稿(可読性向上)

「こんな面倒な日に来られてもね。迷惑よ」


 店に入ってきた客に向けて、歓迎の言葉の代わりに、そんな憎まれ口を叩くウエイトレス。だが、そんなことはいつものことなのだろう。新しく入ってきた客も、ウエイトレスの、普通ではありえない接客の言葉に笑いながら、からかうように言葉を返す。


「ジーニャちゃんさぁ、それは無いんじゃない? こっちはお得意さまなんだ、愛想笑いの一つくらいあっても良いと思うんだけどなぁ」

「うるさいわね。今は『外の客』が来てるのよ。そのうえ愛想笑いだなんて、やってられないわ」


 馴染みの客であろう男の、茶化しながらも常識的な言葉に、ウエイトレス――ジーニャ――は、相変わらずのふざけた返事を返し。その、どこまでも仕事を嫌がる発言に、馴染みの客は面白がりながら、店の奥、カウンターの向こうで寡黙に働き続ける体格の良い料理人に、気楽そうに声をかける。


「マスター! この姉さんさあ、給仕には絶対向いてないって」

「フン。そう言ってもな、うちのボスはこいつのことを気に入ってるからな。どうしようもねぇよ」

「……この店、絶対に何か間違ってるって。そのボスって人にも伝えといて」


 そんな、じゃれ合いのようなやりとりを終わらせて、ジーニャにアゴで指された席に着く馴染みの客。そうして一仕事を終わらせたジーニャは、さて、あの特等席の客はどうなったかなと、窓際の特等席へと聞き耳を立て……


――そこで、今まさに「ケムリ」についての糾弾が始まったことを知ったジーニャは、自分の獲物(ぶき)を取りに、カウンターの奥へと姿を消した。


  ◇


 ビーツァの「街で出回っている『ケムリ』の出所はお前か」という問いかけに、シエレイは少しだけ考える素振りを見せて。やがて、溜息を一つついた後、シエレイはビーツァの問いに答えを返す。


「……俺たちはこの先、帝都で生きていくんだ。そんなことを悩む必要もなくなるさ」


 そんなはぐらかすようなことを、どこか諦めの入ったような口調で答えるシエレイ。――そんなシエレイに、ビーツァははっきりと、自分の意思を伝える。


「確かに、この街を出ていけば関係ないのだろうな。だが、この街の誰かをクスリ漬けにしてまで帝都に住みたいかと言われれば、答えはノーだ。――俺がそう答えることぐらい、わかってただろう?」

「――ああ、そうだな。わかりきってたな」


 その言葉を聞いて、シエレイは何かを悟ったのだろう。全てを諦めたかのように、背もたれに体重を預けて天井を見上げ。やがて、何かを決意したかのように、口を開く。


「確かにここ最近、街で出回っていた『ケムリ』は、俺の仕事だ。そうしなければ、『臣民契約書』を手に入れることなんて出来なかったからな。――これでいいか?」


 その言葉は、この終幕も想像のうちの一つだったという落ち着きと覚悟と、それでも、目の前の相手を騙すことだけはしないという決意の響きがこもった言葉で……


「――そう。なら貴方、自分がこの先どうなるのか、わかってるわよね」


 その決意は、旧式の自動小銃を持ったウエイトレス――ジーニャ――にその銃口を押し当てられることになっても、揺るぐことはなかった。


  ◇


 国境の街グロウ・ゴラッドを治めるアティーツ一家(ファミリー)は、どんなクスリも認めない。関わった人間は、売人、情報屋、仲介者、利用者、誰であろうと、全てを裁く。

 それを承知で新種の「ケムリ」を売り捌いたシエレイは、銃を突きつけてきたジーニャに、短く答える。


「――ああ、当然だ」

「何か言いたい?」


 いかにも旧式といった風情を醸し出す自動小銃を突き付けられながら、顔色一つ変えずに答えるシエレイ。そんな彼に、ジーニャは表情を変えないまま、最後に言い残すことは無いか、言葉短かに問いかける。


 そんなジーニャの言葉に、少しだけ考えを巡らせ。やがて何を言うのか決めたのだろう、シエレイは口を開く。


「そうだな。……俺はこの『ゴルディクライヌ』という酒が嫌いだ」


 その、最後を飾るのにふさわしいと思えないような言葉に、何を言い出したのかと首をひねるジーニャ。そんなジーニャに構うことなく、シエレイは言葉を続ける。


「乱暴に蒸留した酒を癖の強い香りでごまかす。まるで、そこらへんに転がっている暴力の恐怖を酒でごまかして生きている、この街の住民そのものじゃないか。――ああ、俺はそんな、この街にふさわしいこの安酒が、本当に嫌いだ」


 その言葉を聞いたジーニャは、なるほどと軽く納得したかのような顔をする。――ああ、この男は、最後の言葉にカッコつけたタワゴトを吐くタイプかと。そんな言葉を残したところで、意味もなければ恰好が付く訳でもないわねと、そんなことをちらりと思いながらも表情には出さず、もう一度、言葉短かに問いかけ……


「それだけ?」

「ああ」


 これ以上の言葉が無いと確認したジーニャは、その手の愛銃の引き金を引く。


 ズィマー・ジレーザ。もはや旧式となった、秒間に数発しか発射できない、骨董品と言ってもいいような突撃銃。その銃口から飛び出した弾丸が、シエレイの頭部を一撃で吹き飛ばし。さらにその亡骸を吹き飛ばしながら、なおも弾丸を吐き出そうと、遊底を大きくスライドさせる。


  ◇


 ジーニャが手にした自動小銃(ズィマー・ジレーザ)が、ズドンズドンと、銃弾を目まぐるしく吐き出し続け、重い銃撃が、立て続けにシエレイの亡骸を襲う。

 吹き飛ばされた亡骸は、銃弾に抉られながら、飛び散り舞い落ちる硝子の破片の中を踊るように、国境の河に向けて、その身を躍らせて。――まるでその亡骸が来るのを待ち構えていたかのように、流れゆく河に浮かぶ氷塊の形をした冬精が、その顎を大きく開け。大河にたどり着いた亡骸を一飲みにする。


――その、一人の人間が血と命をまき散らしながら消えていく様を、ビーツァは、酒の入ったグラスを片手に、黙って見つめていた。


  ◇


 やがて、静かになった店で、ビーツァは独り、グラスの中に残った酒を一気にあおり。傍らのウエイトレスへと話しかける。


「……勘定を」

「今日は奢りだって、ウチのボスからのお達し」

「――そうか」


 短い言葉のやり取り。その「奢り」の理由に思い当ったのだろう、ビーツァは一瞬だけ言葉に詰まった後、何事もなかったかのように返事をする。


「もう一つ、ボスからの伝言。行くところが無いならウチで働けって」

「……考えておく」


 もう一つの、こちらも予想もしていなかったようなジーニャの言葉に、先送りの返事をして。ビーツァは、中身がなみなみと入った酒瓶を乱暴につかみ、席を立つ。短時間の間に少し飲み過ぎたのだろうか、ふらつきそうになりながら、店の外に出て……


――今日は面倒を起こしてくれた「外の客」がこの世界(まち)から出ていった、記念すべき日だ! ここにいる全員、ウチのボスからの奢りだ! 好きなだけ飲めや!


 閉じた酒場の扉の向こうから聞こえてきた料理人(マスター)の叫びを背に、ビーツァはだれもいない自分の部屋に帰るために、薄暗い夜の道を一人、歩き出した。


  ◇


「クソッタレが」


 ビーツァは、友の血に濡れたまま、頼りない街灯の明かりに照らされた道を、一人歩く。話に聞く帝都の街灯は、路地裏まで余すところなく煌々と照らされ、その真昼のような明るさは、夜空から星空までも消し去ってしまうという。歩きながら安酒をグビリとあおったビーツァは、そんな話をシエレイと交わしていたことを思い出したのだろうか、再び瓶に口をつけ、中の酒をゴクリゴクリと飲み下す。


――クスリに関わった交易屋は、二度とこの街に戻ってこれない。それは、交易屋にとっては、常識だ。


 有能な商人は例外なく交易屋となって、壁の向こうで仕入れをする。何故なら、価値のある商品は全て、壁の向こうからもたらされるからだ。――だが、壁の内側の人間は、壁の外の住民のことを、人の形をした動物程度にしか認識していない。

 壁の向こうの帝国臣民は、交易屋に対して平然と不利な取引を持ち掛け、隙あらば騙し、時に暴力で奪い去る。――それらに適切に対処できて、初めて「交易屋」を名乗ることができるのだ。

 無能な商人は、交易屋を名乗ることすらできない。だが、有能な者は、それらの不利を押しのけて、壁の向こうに取引先を確保し、――さらなる才覚があれば、帝都にまでたどり着いて、「帝国臣民」となることすら、不可能ではない。


――壁の外側を「金づる」とする覚悟さえあれば。


 だが、壁の外側には組織がある。組織は、自らのシマを荒らす存在は、決して許さない。たとえ相手が「帝国」だとしても、彼らは一歩も引かずに戦う。ましてや、交易屋上がりの帝国臣民相手に、躊躇することなど無いし、いつまでも出し抜けるような甘い組織は存在しない。


――故に、故郷を売った「交易屋」は、何れ消えるのだ。


「クソッタレが」


 ビーツァは再び呟く。そこには、ありえない選択をした友と、その友を無慈悲に殺したこの街と、――そして、この街で生きるためにその友を売った自分自身に向けた言葉で。


 ビーツァは思う。自分も、心のどこかで、この街を出たいと考えてたのだ。そして、シエレイはそのことに気付いていたのだ、と。


――もし自分が、初めからこの街を出ないと決意していれば、シエレイもこの街に戻ってくることはなかったのだろうか。そんな、ありもしない過去を後悔しながら、ビーツァは独り、夜の街を歩く。


  ◇


 明るい世界に憧れ、努力の末にそこにたどり着いた男がいて。明るい世界に憧れ、自らの手を血に染めながら、それでも、生まれ育った場所を憎めなかった男がいて。そんな二人がたまたま隣り合うように生まれ、違いに信じあい、道を違え。たったそれだけのことで、人が死んだ。


――これはそんな、人の命がどこまでも軽い、このクソッタレな街にお似合いな話だった。

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