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1.国境の街グロウ・ゴラッド

2019.04.16 誤字修正

2019.05.02 改稿(可読性向上)

 帝国の端、国境線に接した街、グロウ・ゴラッド。その街の外れにある、小さな、料理店を兼ねた酒場に入ったビーツァとシエレイは、ウエイトレスであろう若い女性の、心底嫌そうな声に迎えられる。


「客? 面倒だわ」


 メイド服を意識したであろう、黒を基調とした制服を身にまとった、気の強そうな顔立ちをしたウエイトレス。そのウエイトレスの、あまりに店員らしくない物言いに、ビーツァは思わず吹き出しそうになる。だが、ビーツァよりも一歩先に店に入ったシエレイは、ビーツァほど心にゆとりが持てなかったのだろう、やや不機嫌そうな表情を覗かせる。


「今なら丁度窓際の席が空いてるわ。眺めだけは一番良い席よ」


 そんなことを言いながら、案内をするそぶりさえ見せないその店員の言葉に、ビーツァはその「窓際の席」の方へと視線を向け。ガラス越しに国境の河を一望するその席を見て、なるほどなと、先ほどのウエイトレスの言葉に納得する。


――氷の形をした暴虐な冬精が絶え間なく流れていく国境の河、グラニーツァリカ。普段はあえて誰も近づこうとしない寒々としたこの大河も、温かく安全な室内から眺めることができるのであれば、確かに一つの景色だろうと。


  ◇


 帝国にとっての辺境の地は、帝都を守るためにある。それは、帝国に住む人間が等しく抱く、一つの事実だろう。

 帝国の中心に位置した、華やかかりし帝王の都。極寒の地に位置する帝国の中にありながら、地中深くから吸い上げた大地の力で転換炉を稼働させ、大気(かぜ)から冬精(ふゆ)を抜き取って国境の河グラニーツァリカに捨てることで冬を消し去った、人口的な常春の地。

 そこは、高層ビルが立ち並び、どこまでも広い基幹道路が隅々まで張り巡らされた、世界でも有数の近代的な都市であると同時に、武装を規制されながらそこに不安を感じさせない程の、世界でも有数の治安の良さを誇る都市でもあり。――そして、「帝国臣民」として認められた者の中のさらにごく一部、ほんの一握りの成功者しか住むことができない、選ばれた者のための理想郷でもある。

 そこに住むことの叶わない大半の臣民は、帝都周辺の程よく雑然とした大都市で、追われるような日常を送りながら、たまに入る「帝都」の様子を自慢げに話し合い……


――そんな帝国の当たり前の風景も、高くそびえ立つ「壁」の外に出ると、一変する。


 過去の戦争によって帝国に組み入れられた、かつては他国だった場所。今も、帝国の中にありながら帝国の一部とみなされていない、捨て置かれたままの土地。そこに住む民は「帝国臣民」として扱われず、帝国の法も、魔法の保護も及ぶことはない。

 鉄道すら止まらない、国境線近くの街。そこは、他国の侵略を受けた時に、足止めのように蹂躙されることだけを期待された、誰からも見放された無法地帯。帝都を守るための、破壊されることを前提とした人の楯。


――それは、帝都に住む人間にとっては傲慢で、辺境の地に住む者にとってはこの上なく過酷な、ただの事実だった。


  ◇


「――なるほど。確かに良い眺めだ」


 不機嫌そうにウエイトレスに示された席に歩を進めたシエレイは、その風景に感心したのだろう、手にした外套を近くの衣掛け(コートハンガー)に掛けながら、素直に関心し、……だが、完全に機嫌を直した訳ではないのだろう、席に着いたとたんに、ウエイトレスへの批判を口にする。


「しかし、あれが客を出迎える態度か。程度が知れる」

「なにせここは『血まみれジーニャ』なんて名前の店だからな。血まみれになったウエイトレスが出てこなかっただけマシなんだろうさ」

「どんな屋号を付けたところで、店員が悪態をついていい理由にはならんだろう」


 シエレイの、ある意味もっともな意見に、少し茶化した答えを返すビーツァ。ここはお高くとまった店じゃない、あの位で目くじらを立てるもんじゃないし、第一、見た目は悪くない。いいじゃねえか、かわいいんだからと、そんな軽薄そうなことを言いたげなビーツァの態度にシエレイは、そんな話で盛り上がるつもりもないとでもいうように、ダメなものはダメだろうと遠慮のない口調で言い放ち……


――席のすぐ隣でカツンと響いた靴音に気付いたシエレイは、当のウエイトレスが注文を取りに来たことに、遅まきながら気付く。


「残念ね。私の態度を決めるのは客じゃない、ボスよ。だから、客がどれだけ偉そうなことを言っても、全部タワゴトね。注文は?」


 音もなく席まで注文を取りに来ながら、気付かせるためにわざと靴音を立てたであろうウエイトレスの小憎たらしい態度に、この相手はこちらの「心の狭い」態度を楽しんでいることに気付いたシエレイは、素早く品書き(メニュー)に目を走らせる。だが、めぼしい品がなかったのだろう、シエレイは、一瞬だけ悩んだ後、諦めたようにウエイトレスに質問をする。


「……蒸留酒(スピリッツ)はあるか?」

「ゴルディクライヌならね」

「じゃあ、そいつをグラスで」


 ゴルディクライヌ、香草の風味が特徴的な、この街でのみ製造されている蒸留酒。その名前を聞いて、シエレイは軽く落胆しながらも、その酒を注文しようとして……


「――いや、瓶でくれ」


 ビーツァの、二人で飲むには少し無謀な注文に、シエレイは一瞬だけ言葉を無くし。思わず出かけた言葉をかろうじて飲み込む。

 その様子を見ていたウエイトレスは、「了解」と短く返事をして、席から離れ。すぐに、特徴のない、ありふれた瓶に入った酒とグラスを持って席へと戻り、静かにテーブルの上に置いて、無言のまま立ち去る。

 そうして二人は、グラスに酒を注ぐ。シエレイはグラスの底に少しだけ、ビーツァはグラス一杯に。そうして、互いが自分のグラスを軽く持ち上げて……


「「乾杯」」


 軽くグラスを合わせた後、それぞれが自分の酒を口にする。


「半年ぶりか? 確か『でかいヤマ』とか言っていたっけか? ――どうだ、掘り当てたか?」

「……ああ、とりあえず『掘り当てた』んだろうな。と言っても、儲けはまだだけどな。上手く行けば、今までに無い儲けが待ってるはずだ。――危ない橋を渡れば、だけどな」


 両者が手にした酒で軽く口の中を潤して。久しく会っていなかったからか、どこか話題を探るように、昔なじみに話しかけるビーツァ。――その質問にシエレイは、含みを持たせた返事を返し。

 その「含み」を聞いたビーツァは、軽く口角を持ち上げると、単刀直入に聞き返す。


「いいねぇ、景気が良くて。――で、だ。わざわざ俺を呼んだってことは、その『危ない橋』ってのは、荒事なんだろ? 殺しか? それとも用心棒か? まあ、どんな内容でもいいさ。いつもの『友達価格』で請け負うぜ」


――それは、どの組織にも属さないまま、時に互いを「お得意さま」としてここまで生きてきた「交易屋」と「殺し名」、嗅覚に優れた二人の会話だった。

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