『序章』
市原 翔太
彼は5歳の時に両親を亡くし、その後祖父に引き取られた。
だが、その僅か三ヶ月後に、祖父も死んだ。
両親も祖父も事故で死んだことになっていたが、実際は殺された。
殺した黒幕もわかっている。
大手IT企業の代表取締役はじめ、政府関係者及び大国の軍関係者だ。
警察に裏で手を回すことで、事故にしたのだ。
俺の祖父と両親は共同で会社経営をしていた。
主な仕事はソフトフェアの開発。
仕事の取引先はすべて大国の軍や国家安全保障局などで、一般企業はなし。
開発資金は依頼された各国から出され、当然開発環境も世界一。
その中で両親はある一つのコンピュータウィルスの開発に成功していた。
ウィルスの名前は『ロヴィーナ(rovina)』
イタリア語で破滅や滅亡といった意味をもつ。
ロヴィーナの性能は他のどのウィルスよりも群を抜いていて、一度感染すれば現状どの国も対処不可能。
だから、両親はそれをどこにも渡さずに隠蔽した。
作成データもどこにも勘付かれることがないようにきれいにすべて消した。
だからロヴィーナの存在が勘付かれることはないと思っていた。
しかしそれは間違っていた。
ロヴィーナの存在がバレた時、俺の両親はなんの準備もしていなかった。
国相手に準備なしで出来る抵抗などタカがしれている。
追い詰められた俺の両親は、ロヴィーナを渡さないために俺を残して自ら命を断った。
ロヴィーナの在処を唯一知っていた両親が自殺してしまった為、何処にあるのか手がかりすら掴めない。
ロヴィーナの存在を嗅ぎつけた各国が血眼になって探したが、それでも何一つ掴めなかった。
そして俺が祖父に引き取られると共に、俺や祖父にも疑惑の目が向けられた。
祖父は自らの命の危険をいち早く察知し、俺を守ってくれた。
だがそれもいつまでもできることではない。
故に自分が疑惑の全てを被り、俺に疑惑の目が向かないようにしてくれた。
ターゲットが自分一人に絞られたことを確認した祖父は、自ら射線に出て殺害された。
俺に一言謝罪を残して。
国がウィルス捜索を打ち切ったのは、祖父が死んでから約2年後の俺が7歳の時だった。
俺はそれまでずっと国の監視下にあった。
家族ではなく、中学までは防衛省の人が俺の身の回りの世話をした。
俺は現実から目を背けるために、全力で一向勉強した。
しかしそれで何かが変わるわけではなかった。
家族は全員殺され、俺に残されたのは両親と祖父の莫大な遺産だけ。
それは俺がいくら足掻こうと変わることのない事実だった。
俺が中学生の時に、国の監視対象者から外れた。
俺がロヴィーナについて知っていることはないと判断されたのだ。
国からは俺が生活できるように立派なマンションと莫大な慰謝料が振り込まれた。
これで俺は普通に戻れる。
しかしそれは甘い夢だった。
今まで常に疑惑という死と隣り合わせの環境にいたのだから、その頃には俺はもう普通になど成れるわけがなかった。
中学に上がるころには、大学までの勉強をすべて終わらせ、武道に力を入れていた。
俺は幼い頃から護身術などを習っていたため、武道を極めるのにそれほど苦労することなく、高校に上がる頃には大人も含め敵はいなくなっていた。
俺は家から近くの普通科の高校に特待生として進学した。
周囲から見れば俺は間違いなく優等生だろう。
成績よし、運動能力も高い、問題も一切起こさない、人付き合いも問題ない。
しかしそんな高い評価を受けようとも、俺はどこか他人事で、生きてる心地がしなかった。
人が信じられない。
俺から全てを奪い取った人が。
全てを疑い、自分を偽る毎日。
正直、辟易してしていた。
生きることに疲れていたのだ。
だから、家の居間でスーツを着た国防省の男が自分に銃口が向けられた時にもなんとも思わなかった。
抵抗もしなかった。
ただ、結局は殺されるんだなと思っただけだった。
あっさりと銃口から放たれた1発の弾丸は、いとも容易く俺の眉間を撃ち抜いた。
着弾する間際、俺にはその弾丸が俺を嘲笑う死神に見えた。
市原翔太 享年17歳