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蚕のひと  作者: Hank Memory
2章 狼の呪い
11/20

2‐2 某日



 数日後。

 満晃は調子を取り戻し無事、学校にも通えるようになった。


 以前と変わった事といえば朔夜が上狼塚家へ赴く回数が極端に増えた事くらいだろう。

 今まで全く近寄らなかっただけに違和感があるし、それを茶化すように爽太などは朔夜がオオカミ様の家へ行く時分には「罰ゲーム」と呼んだ。


 「あっれー満晃着替えねえの?」

 体育の授業直前、男子は教室での更衣と決まっているため女子はそそくさと教室を出て行ってしまった。窓側の一番後ろの席の主である爽太は、もう殆どが着替え始めている中満晃だけが体操服に着替えていないことに目聡く反応した。

 「父さんから止められてるんだ」

 「まじ? 今日はともかく、次の体育ハードルのテストがあるってせんせー言ってたぞ?」

 「そういえばそうだった。……ああ、でも無理してまた休むことになると父さんもさすがに怒るよ」

 「そっかー。しゃあねえ。サッカーの方はなんとか埋め合わせる」

 爽太はぐーんと伸びをして丸めた軍手を乱暴に体操服の黒い短パンにねじ込んだ。

 窓の外は曇り空で校庭を囲むようにして植えられている桜の木の葉がぶるぶると震えていた。

 もう九月も終わり、十月に差し掛かろうかという時だ。日が出ているうちは暑さを感じられるが、今日のような薄暗い日は少し肌寒い。

 「よっし。駆け足、駆け足! 見学だからって遅れるとせんせーうるさいから! ……あ!」

 トントコ、トントコ。

 爽太は駆け足で自分の席に戻ると忘れ物を手にして再び満晃の隣に並んだ。

 「なにこれ」

 「へっへーん。今日は従兄弟のお下がりを持ってきたんだぜ~」

 「従兄弟って……」

 「まぁまぁ、細かいことは気にしなさんなって。風邪っぴきの満晃くんに心優しい爽太くんからのプレゼント!」

 つまりはこれを貸すと言っている。

 これというのは、最近話題になっているスポーツメーカーのロゴが大きくプリントされているダウンコートだった。黒地に白のロゴがかっこいい。

 爽太は調子が良くデリカシーが無いし気遣いが出来ないように見えるが誰よりも観察眼に長けているやつだった。

 爽太は満晃にお下がりだという(おそらく違うが便宜上)コートをこっそり貸して、いつもの遊び仲間と騒ぎながら風のように教室から出て行ってしまった。

 せっかく貸してもらった流行りのコートを肩にかけ満晃も後を追いかけて校庭に出ると流行りに敏感な子にはそれがすぐにわかって、ハードルの準備をしているのにも関わらず見物会が開かれてしまった。

 「満晃、手伝ってくれ」

 担任の一声により集団の輪から解放された満晃は喜んでハードルのメジャー係になった。レーンを三つ作り、一定の間隔、一定の数を用意し終わるとみんなは担任の前に集まって準備体操を始め、満晃は校庭の脇にある鉄棒や登棒群のある場所から授業を見学することにした。


 午後。


 正午過ぎになるとぐずっていた天気がついに崩れた。

 斑点を作っていた校庭の土にはあっという間に水溜りの海が出来上がり、給食後の元気いっぱいな少年たちは教室で暴れ始める。

 「あ、朔夜」

 教室前に置かれた給食ワゴンに食器を返す音。

 かちゃかちゃと残響が続く廊下で低学年のワゴンを運びに行っていた修とちょうど出会った。

 クラス内は椅子取りゲームで大いに盛り上がっていて当然満晃も参加したかったが図書委員を務めていたのでこうして抜けてきたところだった。

 「残念でした、満晃の方だ」

 「あぁ! ごめんなさい」

 双子の鉄則だが、常時片方しかいない状況だとよく間違われた。

 中学後半になるとさすがにそれぞれに身体的特徴が出てくるので見分けられる子も増えたが、小学校高学年の頃の鳳兄弟はまだまだ見分けがつかなかった。

 「図書室に行くの?」

 「当番だから。行かないと先生がすっ飛んでくるし。……修は朔夜に用事?」

 「おじさんがまた家に来るようにって言伝をね。爽太風に言うなら罰ゲームの日だから、今日は」

 僕は伝書鳩じゃあないんだけどなあ、修は苦笑いをこぼした。

 「満晃は朔夜から何か聞いてる? 僕なんにも知らなくって」

 「僕も知らない。…でも、祭の前より祭後の方が忙しいみたいだ」

 「やっぱりそうなんだね。オオカミ様の家なんて上がったこと無いからちょっとおっかない気がする」

 気を配ってあげてね。

 修がいつものふにゃっとした笑みになると満晃も顔を綻ばせた。

 「あ。満晃」

 「なに?」

 「新しい人がこっちに来るんだって」

 祭はつい先日終わったばかりだ。

 修もそれについても詳しいことはあまり聞かされていないのか、知らないようで肩を竦めた。

 「多分だけどね。祭関係なしに来るんだと思う、外から」

 「よそ者が村に住むってこと?」

 「本当かわからないよ?」

 満晃は家に帰ったら父にそれを聞かないといけないなと思った。

 それから二言三言交わしたが学校で村の話を長く続けるのも場違いな気がしたので二人はそのまま別れてそれぞれの目的場所を目指した。

 六時間目の音楽が終わり掃除の時間、HR、そしてようやく下校になった。

 満晃は隣のクラスを覗いてみたが朔夜はまだ帰る支度を整えているところだった。

 「朔夜くん、満晃くんだよ~?」

 隣のクラスの女の子が気を利かせて朔夜を呼ぶと彼は弾かれたように真っ直ぐ、ドアの手前に立つ満晃を凝視した。

 「先に帰ってて、満晃。今日はその、えっと……罰ゲームだし」

 「うん。……遅くならないようにね」


 朔夜はもじもじとして視線を泳がせた。

 クラスの中に残っている子や担任は聞こえているのだろうが、まるで聞いていないかのように振舞っている。

 触らぬ神に祟り無し。満晃たちがこういう事を話し始めると周囲は(さざなみ)が引いていく様に後ずさった。


 僕らは日に日に馴染んでいたものから固体化するように分離しているような気がした。


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