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蚕のひと  作者: Hank Memory
2章 狼の呪い
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2‐1 満晃と朔夜

 狼の呪いというのは、上狼塚の祖先が仕えていた京のカンナギと呼ばれる一族から賜った呪いだった。

 京の土地を離れ彷徨ったが一つ、二つ程の山を越えた土地にある小さな村に落ち着いた上狼塚はその土地の村に入り込み同化していった。

 

 さらに狼は畏れられ崇拝され神格化されていった。

 江戸末期に入りある二人のマレビトが村にやってきた。

 一人は商人、もう一人は蘭方医をやっていてそれが現在でいうところの蛇園家と鳳家の始まりにあたる。

 両家はマレビト、正し子として村に迎えられたが村の外に出ることは許されなかった。

 上狼塚の呪いを解くための儀式を強要せしめられ、村の掟のため、村内の体系を維持するため、柱にならざるを得なかったのだった。

 柱とは上狼塚及び野巫に支え仕えて、年中の祭・儀式に参画し未来永劫の結束のことをいった。




 私たちは双子だった。

 私たちは二つで一つでいつだってお互いを必要としていたはずなんだ。

 それはどんな関係にも代え難く、何よりも罪深い絆だった。




 祭が終わった朝、満晃はひどい高熱を出した。

 三十九度の熱は丈夫な体を持っていた少年でもただの病人となり手指一本も動かせないミイラのようだった。

 「ずっと気を張ってらしたんだもの、疲れが出たのよ」

 「その割にはひどい熱だ」

 双子の自室から聞こえる両親たちの話し声が頭にズキズキと突き刺さった。

 朔夜はいつも通り学校に行ったはずだ。しかし昨日からお互いが無口になるほど微妙な空気になってしまっている事は度し難い事実だった。

 氷枕に後頭部を押し付けていたがなんとか首を捻ってこめかみに位置をずらし体も横に向けた。

 「満晃。プリン食べれそう?」

 「………」

 「もう少し様子をみてからみたいね」

 襖の隙間から母が顔を覗かせているのだが、それがなかなか目が霞んで注視すればするほど脳みその奥がジンと熱くなってそれから頭がくらくらした。瞼を伏せ余分なな力を入れず浅い呼吸を繰り返す。

 「かあさん、みず」

 喉の奥がガラガラで声が掠れていた。喉元にも熱を持ち焼けているような感覚だった。

 満晃の声は届いただろうか、もう一度「かあさん」と呼ぶと「満晃」と優しい母の手が頬を撫でた。

 「よいしょ」

 掛け声とともに母が満晃の背中に手を入れ支え起こした。満晃はぼんやりと虚空を見つめていた。

 コップに水が半分ほど入っていてストローでゆっくり吸うと幾分か気持ちが楽になった。体の芯から冷却されていくような気がした。

 「今話す事じゃないかもしれないけど、野巫さんが今度満晃とお話したいそうよ」

 野巫さん。ああ、祭のことだろうか。

 それとも、朔夜のことだろうか。

 どちらにせよ満晃にとっていい話ではなさそうだった。耳の奥で祭囃子が聞こえてくる。たくさんの人の声、口々に紡がれる大人達の嘲り。僕だってこんなふうに生まれてくるなんて思わなかった。

 それがたまたま、こんな村の掟なんかに縛られて。


 この時、人生で初めて自分なんて、村なんて消えてしまえばいいと願った。

 汗に混ざる涙がじとっとシーツを濡らして。満晃がそっと瞼を持ち上げると部屋はもう薄暗く濃紺の、夜が差し迫っていた。

 ぼんやり天井の輪郭を辿り、どこからか犬の鳴き声が聞こえてくるのに耳を澄ませた。

 暗闇と一体化していると思われた黒がわずかに動きそしてきらりと光る双眸が満晃の視界の端に映った。


 「朔夜、帰ってたのか」

 まだ声は(しゃが)れていたが昼間よりも落ち着いていて少しだけ調子が戻ったようだった。

 闇の中の朔夜はいつも以上に大人しく堂々としている気がした。

 「調子どう? もうすぐ夕飯だけどこっちで食べる?」

 「どうしよう……、気分はマシになった」

 「じゃああとで持ってくるね。玉子うどんなんだ、レンゲもつけるね」


 うん。と満晃は返事した。

 大丈夫だ。

 昨日のはなにかの間違いなんだと心の中で言い聞かせている自分が恥ずかしくなった。

 朔夜の事を信じたいのに恐れている、怖くて怖くてどうしようもない。


 くやしい? 満晃。

 聞こえ間違いだろう、空耳だろう。

 「ねえ、満晃」

 「なに」

 一拍間を置いて、朔夜は躊躇いを口にした。

 「僕らは生まれてこなければよかったのかなあ……?」

 背中を向けたままなので表情はわからなかったが、彼の、朔夜の声は震えていた。

 僕らは双子。

 同じものを食べ、同じものを好み、同じ思考をする。

 ずっとそうだと思っていた、これからもそうだと思っていた。朔夜の気持ちは痛いほど満晃には理解出来たしそれに満足した。

 「子は生まれる場所を選べない。でも」

 だからといって満晃には両親を恨む気持ちなど微塵にもなかった。

 「ぼくは満晃がすきだよ。満晃はぼくのことすき?」

 朔夜がこんな風に正確に愛情の確認を取ろうとしたのはその日が最初だった。

 拙い言葉の中に含まれるのはただの兄弟への愛ではない。

 兄弟などという境界は無く、僕らは二人で一つなのだから、これは真当な自己愛だろう。


 満晃は考えるまでもなく「僕も、すきだよ」と唇を震わせた。


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