雲
「叫びたいよ、うわああってさ」
「勝手に叫んでろよ」
「そこは引き留めてよ! ああ、もう毎日が憂鬱~」
とある高校の昼休み。親友であり幼馴染みでもある孝と陽斗は、弁当を食べ終わったあといつも屋上で喋っている。
毎日の習慣だ。
「何かさ、僕、最近おかしいんだよね」
「お前は毎日おかしいだろ、言わせんな」
「孝ってそんな毒舌だったっけ!? まあ、いつものことか」
陽斗はフフフと笑う。孝はイラついて軽く頭を叩いた。叩かれた当人は大袈裟に痛がり、楽しそうな目で孝を睨んだ。
「何するの、痛い!」
「お前が笑うからだろ。あれ結構ムカつく」
「えー、そうなの、まあいいじゃん。親友なんだから許してよ」
「べつに怒ってはねえだろ。許すとか許さないとかそういうのじゃねえし」
「いやムカつくって怒ってるって意味だから! ……でも、孝は優しいね」
陽斗は伏せ目がちの小さい声でそう言うと、遠くを見た。さっきの調子とまるで違う。孝は長年の経験で陽斗の言葉を待つことにした。
こういうときのネガティブ陽斗は、堕ちるまで堕ちる。愚痴らせて、楽にするのが一番の方法だ。
しかし、いつまでたっても陽斗は話そうとしなかった。言葉が浮かばないのか、口を開けては閉じてと繰り返している。
我慢ならず、話しかけようとした。
「陽斗、」
「どうやったら悪口ってなくなると思う?」
どうやら言葉が被ってしまったらしい。だが、陽斗は気づいていないようだ。そのまま言葉を続けている。
「僕ね、結構悪口言われてるんだ。ほら、チビだしこんな変な性格だしさ。言われるのはまあ仕方がないと思うんだけど、……僕だけじゃなく他の子も」
「……言われてるのか?」
「うん。僕さ、卓球部じゃん? でも、部員数五人しかいないんだ。知ってると思うけど。でね、皆優しいの。僕は好きなの……。でも、僕のせいで、皆悪口言われてる。僕とつるんでるから言われてるんだよ」
「そんなの、最低じゃん」
「どっちが。僕が? 悪口言ってる人が?」
「悪口言ってる人に決まってんだろ。ていうか何だよ、華の高校生までなって、まだそんな小学生みたいなことする野郎がいるのかよ」
「いるみたいね」
陽斗は淡々とそう言った。孝は何を言えばいいのかわからず、少しだけ沈黙する。
「……でも、卓球の皆はお前の悪口は言ってねえんだろ?」
「言ってない。皆優しいから」
「そうか。ならまだ良かったじゃねえか」
「良くないよ! だって、僕のせいで皆嫌われてるんだよ! 僕なんかといるせいでさ! 辛い思いするのは僕だけでいいのに!」
「な、そこまで言ってねえよ」
「ねえ、孝も言われちゃうかもよ? 僕といないほうがいいよ」
孝はすこし驚いた表情をした。しかし、すぐに先程よりもイラついた顔を見せ、静かにこう言った。
「それはお前の本心か? 本心なら、すぐにいなくなってやるよ」
「そ、そういうわけじゃないよ。でも、僕なんかといたら」
「僕なんかといたら? 何になるんだよ。そういうの軽々しく言わないんでくんねーかな。本当ムカつくから」
「なんでよ。なんで僕と一緒にいるの」
「お前困ってる人見かけたら助けたいって思わねえの? それと俺、同じ気持ち。きっと卓球の奴等だってそうだよ。お前が困っていて、助けたいって思ってるからそばにいんの」
「でも、悪口」
「悪口がなんだって言うんだよ。そんなこと気にして友達捨てるの、ただの自己中じゃん。なあ、俺とお前、親友だよな。だったら、悪口ごときで切れる縁じゃねえだろ」
「そんなもんなのかな」
「そんなもんそんなもん。だから、俺らがいるってこと忘れんな。それでも、本当に悪口が嫌だったら学校休め。でも、そうじゃなかったら来い。俺が寂しい」
陽斗は涙目になっていたが一瞬で引っ込んだ。吃驚した。孝の顔をまじまじと見つめる。
「な、何だよ」
「……なんかごめんね? ありがとう。ていうか孝が本音出るまで追い詰めちゃった。マジでごめん」
「本音? なんのことだ」
「俺が寂しいって」
「あー? ……あっ」
「本当にごめんね! え、あ、なにそのオーラやめて」
「お前元気になればあー言えばこう言って……ふざけんな」
「わー痛い痛い! 叩かないで!」
すっかり陽斗は元気になったようだ。孝はホッとする。そして、ちょっとの間空に浮かんでいる雲を見た。
やっぱり、笑ってるお前といるのが一番楽しい。
この雲のように、自由になることは難しいけど、少しだけでもその鎖から解放されれば。
俺と一緒にいて、楽しいと思ってもらえれば、それが一番だ。
孝は今思ったことを絶対に口に出さない、陽斗に言わない! と誓いながら、そばにいる、そばにいてくれる親友を見て、少しだけ小さく笑った。
悪口、なくなればいいですね。




